SNSは見たいものしか見せてくれない? 「フィルターバブル」とのつき合い方

果てを知らない情報化社会にある私たちの日常。家でも外でもスマホを使い、SNSで欲しい情報を得たり友達とつながったりと、インターネットは私たちの要求をなんでも叶えてくれます。最近ではアルゴリズムの精度が向上したことによって、ユーザーの好みや属性に合わせてパーソナライズされた最適な情報が手元に届くようになりました。

しかしその個別に最適化された空間は、便利で快適な反面、自分の知りたい情報しか見えなくなってしまう危険性もはらみます。そうした情報環境は、情報の泡の中に孤立する「フィルターバブル」と呼ばれています。

Googleをはじめとする検索エンジンや、TwitterやInstagramといったSNSを何気なく使っているつもりでも、提供される情報はアルゴリズムによって取捨選択されたものになっているーーこの状況は見たくない情報を遠ざけて自らの視野や価値観を狭めてしまう恐れも。

アルゴリズムによって作られた情報の泡の中にいることを自覚しながら、その快適性と危険性に折り合いを付けていくためには、どのような知識と心構えが必要なのでしょう。フィルターバブルのメリットとデメリット、フィルターバブルを踏まえたSNSとの上手なつき合い方を、ネットリテラシー教育に詳しいお茶の水女子大学理学部情報科学科准教授の五十嵐悠紀さんに伺いました。

五十嵐 悠紀(いがらし ゆき)先生

お茶の水女子大学理学部情報科学科准教授。専門はコンピュータグラフィックスおよびユーザインタフェース。素人が自ら創造し楽しむことができるためのCG技術を研究する一方で、子どもを対象にしたITワークショップの講師も務めている。2男1女の母。著書に『AI世代のデジタル教育』(河出書房新社)、『スマホに振り回される子 スマホを使いこなす子』(ジアース教育新社)、『縫うコンピュータグラフィックス』(オーム社)。共著に藤代裕之編著『ソーシャルメディア論』(青弓社)。

五十嵐悠紀先生

なぜフィルターバブルが生まれる?

——そもそも、なぜフィルターバブルが生まれるのでしょうか。

五十嵐先生:SNSを例に挙げますが、利用者は誰かをフォローしたり、フィードされた情報をクリックしたりと、能動的なクリックや検索をしますよね。今のSNSはそういった情報を収集して、利用者がどのようなことに興味があるか、また興味がないのかをアルゴリズム化し、それをもとにパーソナライズされた情報が私たちに届くようになっています。

高度なアルゴリズムによってユーザーの見たいものだけが拡張されるからこそ、ほかの情報が見えにくくなるフィルターバブルが起こるんです。SNSは決してフラットな環境ではなく、個々人によって見えている世界がそれぞれ違うんですね。

フィルターバブルのイメージ

——なるほど。そのフィルターバブルによって個々人の見えている世界はどれほど違ってくるのか、わかりやすい事例があれば教えてください。

五十嵐先生:近年の印象的な事例では、2016年のアメリカの大統領選挙が挙げられます。当時は共和党のドナルド・トランプと民主党のヒラリー・クリントンがしのぎを削っていました。支持者は各々Facebookで選挙に関する投稿をしていましたが、情報のパーソナライズによってトランプ支持者にはトランプ支持の投稿しか表示されなくなり、ヒラリー支持に関する投稿が表示されなくなったんです。

一方でヒラリー支持者にはトランプの情報がフィードされなくなりました。150万以上もシェアされたトランプ支持の投稿でさえも一切表示されなかったそうです。この事例は世間に大きく取り上げられ、フィルターバブルを意識するきっかけになったと言えます。

——SNSの情報環境が各々の考えを先鋭化させて、逆の立場の情報が見えないように覆い隠してしまった、と。

五十嵐先生:そうですね。アルゴリズムが勝手に利用者の視野を狭める例として、私の実体験を話しますと、いま息子の小学校でPTA会長を務めているんです。個人的には「大変だけど楽しくやろうよ」と前向きな気持ちでやっているんですが、ほかのPTA会長はどうなんだろうと調べると「PTA やめたい」とかネガティブな情報ばかり出てきて。「PTA めっちゃ楽しい」みたいな情報は全然出てこないんです。

それはPTAに関してネガティブな意見の投稿が多く、それを調べる人も多いから、ポジティブな意見がフィルタリングされているのかもしれないですよね。

五十嵐悠紀先生

▲五十嵐悠紀先生(お茶の水女子大学の研究室にて取材)

——PTAを楽しんでいる人もいるかもしれないのに、声が大きいネガティブ意見が増幅されて反対側の意見が見えなくなっているのでは、ということですね。

五十嵐先生:だからそういう政治や国という上層の話だけではなく、自分の身近でもアルゴリズムによって取捨選択された意見があふれていることを意識したほうがいいなと、私は考えています。

——私はTwitterをよく使いますが、今年3月に運営の大きなテコ入れによって登場した「おすすめ」タブは身近なフィルタリングだなと思いました。

Twitterのおすすめタブ

▲Twitterの「おすすめ」タブ。フォローしているアカウント以外にも、ユーザーが興味を持っているであろうトピックに基づいておすすめのツイートが表示される

五十嵐先生:不満を感じるユーザーの声も見かけましたね。機械学習を利用して収集したツイートにランクをつけているほか、既読やブロックの状況をもとに、表示させるツイートをフィルタリングしているようです。実はTwitterの「おすすめ」タブは、現CEOのイーロン・マスクがコードの透明性を確保するため、Githubでソースコードを公開しています。

——そうだったのですね!

五十嵐先生:今まで開示されなかったアルゴリズムが開示されたので、フィルタリングの仕組みや自らの置かれている環境がよりはっきりとわかるようになったと思います。システムの透明性を担保するために、今後もそのような事例は出てくるのではないかと感じていますね。

フラットな状態を知っておくことが大切

——フィルターバブルは便利で快適な環境を生む反面、本来であれば自分に役立つはずだった情報までもシャットアウトしてしまう怖さもあります。情報の泡に包まれるのを回避したり泡そのものを縮小したり、ユーザーでコントロールできるのでしょうか。

五十嵐先生:最近では、ユーザーが求める情報だけでなく違う情報をノイズのように加えていくシステム設計の研究は出てきていますが、利用者側でアルゴリズムやパーソナライズの仕組みを熟知してコントロールするのは難しいのではないかと思います。そうした状況だからこそ、フィルターバブルが無くなることも考えにくい。それゆえ、利用者はSNSや検索エンジンで自分がどのポジションにいるのか、フラットな状態を知っておくことが大事だと考えています。

そのため、Google ChromeのシークレットモードやSafariのプライベートブラウズなど、ユーザーの閲覧履歴や個人情報を使わずに検索できるモードを試してみることをおすすめしています。そうすることで、普段フィードされる広告やレコメンドされる情報がどれだけパーソナライズされているかがわかりますよ。

Google Chromeのシークレットモード画面

▲Google Chromeの「シークレットモード」。閲覧履歴やCookie、サイトデータ、フォームに入力した情報、ウェブサイトに許可した権限といった情報が他者に知られたり、保存されたりしなくなる。

——すぐ実践できる方法ですね。

五十嵐先生:ぜひ試してみてほしいです。自分と異なる意見を聞きたくない、ではなく、そもそも見えていない意見があることの怖さを考えてみる必要があります。知らずにいると、思想や意見が独りよがりになって柔軟性を失ってしまいますから

例えばリアルの場で賛成反対にそれぞれ手を挙げてもらったら、どんな人がどういうスタンスなのかその場で判断できますよね。しかし、ネット上だと誰かどんな意見を持っているのかわかりませんし、そもそも見えないものはないものと同義で捉えてしまう。

だから、自分たちが置かれている環境が実は危ないのかも、と立ち止まって考えることが大切なんです。そういったところから、普段のニュースの受け止め方やSNSの使い方、人間関係の構築にもつながってくると思います。

五十嵐悠紀先生

——まず自分たちの置かれている環境を見つめ直そう、と。

五十嵐先生:そう思います。ここまで言っておいてですが、私はフィルターバブルがダメと考えているわけではないんです。自分の欲しい情報がすぐ集まってきますし、見たくない情報は見なくて済むし、とても快適じゃないですか。ただそれだけでなく、自分がアルゴリズムによってフィルタリングされているという下地を知っておくことで、別のアプローチで欲しい情報を探すこともできるようになるはずです。

最近では小・中学校にプログラミング教育が組み込まれていて、それに伴いデジタル教育の重要性も高まっています。ですので、これから情報教育のボトムアップがますます進んでいくのではないかと予想しています。

居心地のいい場所から一歩出ると新しい発見が

——フィルターバブルの状況下では、自分の望む情報以外と偶然出合う機会が減ったように思います。ユーザーがそうした情報にたどり着くためにはどういったことを心がけたらいいのでしょう。

五十嵐先生:インターネットだけではなく、本や雑誌、テレビやラジオなどアルゴリズム外の媒体からいろんな角度で情報を得ることが大事です。自分の居心地のいい場所も大事ですが、そこから一歩外に出てみると新たな発見もあるはず。スマホを置いて外を散歩するだけでも、自分の五感による新しい気づきがあると思いますよ。

そうした思いもよらぬ偶然、いわゆる「セレンディピティ」に出合う機会を意識的に生み出していくことで、より見識も広がるはずです。

普段私はヒューマンコンピュータ・インタラクションやコンピュータグラフィックスの領域で研究をしていますが、それ以外の学会にも意識的に顔を出すようにしています。例えば認知心理学の学会に行ってみたり、音楽理論の学会に行ってみたり。

そうすることで自分の関わる領域とは違う情報も手に入りますし、出てきた情報を自分の領域に組み込んだらどうなるんだろうという新しい気づきもありました。未知の偶然に出合えるよう意識的に動くことで、自らの生活はもっと豊かになるはずです。

——ありがとうございます。最後に矛盾するようですが、心地よいフィルターバブルの中で満足している人に「もっと何々すべき」というのも押し付けになりかねないと思っています。五十嵐さんはそうした人にどんな声をかけますか。

五十嵐先生:フィルター内の居心地がよくて満足している状態の人に「こうしなさい」と強く言うつもりはありません。しかし、好きなもの以外を遠ざけるのではなく、酸いも甘いも知ることで、好きなものをより楽しむこともできるはず。だからこそ、自分が置かれている状況を知っておくのは大事だよと声をかけてあげたいですね。

取材・文:神田匠 アイキャッチ・図版:カヤヒロヤ 編集:本田・木崎/なるモ編集部、黒木貴啓/ノオト

タグ