仕事中に積極的に昼寝しよう 仮眠の効果と理想の寝方は?

多くの人が感じるであろう、昼下がりの眠気。昼寝すれば解消するのは、誰もがよく知っていることでしょう。しかし、「仕事中にグーグー寝るのはさすがにちょっと」ということで眠いまま仕事をした結果、進捗がイマイチだった……という経験は、誰もが一度はしているのではないでしょうか。

近年では昼寝を取り入れて仕事の効率を上げようという企業もありますが、多くは海外の有名企業。日本国内で仕事をしようと思うと、昼間のオフィスで寝るのはやはりまだちょっと難しそうです。そもそもなぜ昼下がりには眠くなり、そして効果的に眠気を解消するにはどう寝たらいいのか、わからないことも多々あります。ちゃんと理由と適した対処法がわかっていれば、きっと周囲も昼寝に理解を示してくれるはず。

というわけで、今回は広島大学総合科学部および同大学院人間社会科学研究科で睡眠について研究している林光緒先生に、昼間の眠気の原因と昼寝のコツについて伺いました。あの昼下がりの強烈な眠気とうまく付き合うには、いったいどうしたらいいのでしょうか。

林 光緒(はやし みつお)先生

1962年三重県生まれ、広島大学大学院総合科学研究科教授。睡眠学、精神生理学を研究。<著書として『睡眠心理学』(共著/北大路書房)、『眠気の科学』(編共著/朝倉書店) などがある。

前日よく寝ても、ご飯を抜いても、人間は昼下がりには眠くなる

ーそもそも、なぜ昼寝を取る必要があるのか、基礎的な部分から教えてください。

林先生:当たり前ですが、根本的に眠くならなかったら寝る必要は全くないですよね。でも、一般的に人間は昼過ぎになると脳の覚醒レベルが下がるのです。そうなると眠気と同時にパフォーマンスが落ちて作業意欲も低下する。だからこの眠さをやり過ごす方法として、昼寝があるわけです。

ーあの昼過ぎの眠気からは逃れられないのでしょうか? 例えば前日よく寝ていたとしても。

林先生:睡眠不足だろうがそうではなかろうが、昼下がりには眠気が発生するものなんです。これはどうやら生体リズムが関係しているようなんですが、なぜそうなるのかという根本的原因はいまだによくわかっていません。

ただ、「人間は昼下がりに眠気が強くなる」ということはデータによって証明されているんです。例えば、居眠り運転による事故は一日の中では夜半から明け方にかけてがもっとも多く発生するのですが、日中では昼下がりが一番多いのです。また交通事故の発生件数だけで言えば交通量に伴い朝夕の方が多いんですが、原因を居眠りに絞ると昼下がりが最多になるんですね。昼に眠気が高まることは、このデータひとつとってもわかると思います。

林光緒先生

▲林光緒先生(Zoomによるオンライン取材)

ーなるほど……。では眠気に「食事」は関係あるのでしょうか? 昼食を抜けば眠くならない、とか。

林先生:眠気の強弱に関して言えば、食事の影響はあります。例えば、高カロリーな昼ごはんをがっつり食べた場合とカロリーの少なめの昼ごはんを食べた場合とに分けて、ドライビングシミュレーターで車を運転してもらう実験があります。実験の結果、確かにがっつり食べた方がシミュレーター上の白線のはみ出しが増えました。

ただ、1時間おきにちょっとずつご飯を食べさせて脳波を調べた実験もあるんです。食事量を均等にして1時間ごとに食べれば、満腹にもならないけどお腹も空かない。だからもし食事が原因で眠気が発生しているなら、この実験では一定の強さの眠気がずっと続かないといけませんよね。

ーそういうことになりますね。

林先生:ところが、やっぱりこの実験でも昼下がりには眠気が増したんです。他には昼食を抜いたら眠気がなくなるんじゃないかとか、午前中の早い時間に昼食をとれば眠気が早く来るんじゃないかとか色々な条件を試した実験が存在しますが、やはり眠気のピークはいずれも動かず、昼下がりに眠たくなるんです。

ーたくさん食べたかどうかは眠気の強弱には関係がありますが、食事に関してどういう状況を用意しても、結局人間は昼下がりに眠くなるわけですね。恐ろしや。では、前日にしっかり寝ていたかどうかでは差が出るんでしょうか?

林先生:前日の睡眠時間が10時間だった場合と8時間だった場合で昼間の寝つきの良さを調べた実験がありますが、「10時間寝たから眠くならなかった」という結果が出たのは実験の対象が小学生だった場合のみでした。中学生以上は、前日の睡眠時間に関わらず昼下がりは眠たくなるんです

もちろん前日が睡眠不足だと昼の眠気は強まりますが、そういった影響を全て取り除いても、やはり昼下がりには眠気が高まる。食事や前日の睡眠不足が原因ではないわけで、これはもうどうしようもない。だからこそ昼寝をうまくとって、そこで覚醒レベルを上げる必要があるんです。

ー昼寝でこの眠気を乗り切ってしまえば、それ以降はもう大丈夫なんでしょうか?

林先生:体温には24時間でリズムがあって、夕方以降、人間の体温は上がってきます。そうなってくるのは大体17~19時くらいで、体温が上がれば目が冴えてきます。ということで、一旦軽く眠って覚醒を促し、なんとか夕方以降までやり過ごすことができれば、それ以降はずっと夜寝るまで起きていられるわけです。

効果を感じられる、理想的な昼寝時間は15分~20分

ー「どうしても昼には眠気が発生する」という前提に立ちつつ、理想的な昼寝の取り方はどういうものか教えていただきたいです。

林先生:まず、昼寝では「寝過ぎない」ことが大事です。これは昼に寝すぎると夜眠れなくなるからなんですが、もう少し細かく説明すると「4つの睡眠段階」が関係しています。

睡眠段階

▲林先生への取材をもとにまとめた「睡眠段階」

林先生:睡眠段階とは、寝付いてから脳波の違いによって4段階に分けた睡眠の性質になります。「睡眠段階1」は、まどろんでいる状態で、本人にも起きているのか寝ているのかよくわかっていない。そこから「睡眠段階2」に進むと、寝息も出てくるし体の力も抜けて、頭をどこかに固定しなくてはいけなくなる。浅めの睡眠状態ですね。

「睡眠段階3」以上は深い睡眠で、こうなるとなかなか起きられないし、3以降まで行ってから急に起きると、だるさや不快感が残ります。

ーそのだるさ、わかります。

林先生:さらにいえば、睡眠段階3以上の睡眠というのは1日のうちで発生する量が決まっているんです。だから、昼寝のタイミングでそこまで行ってしまうと、今度は夜寝た時に深い睡眠が出現しにくくなる

ということで、起きた時にだるさや不快感を感じず、また夜しっかり寝るためには、昼寝であまり長く眠ってはいけないわけです。なお、レム睡眠は寝始めてから1時間以上経たないと出てきません。

ーその適切な睡眠の深さというのは、睡眠段階で言えばどのあたりなのでしょうか。

林先生:これははっきりしていて、「睡眠段階2」までです。寝始めから5、6分までが睡眠段階1で、そのあと睡眠段階2に入ります。次の睡眠段階3に切り替わる前に起きる必要があるのですが、若い人ほど早く入ってしまうもので、睡眠負債を抱えがちな現代の成人だと寝始めてから20分くらいまででしょうか。

睡眠段階1まで寝かせた人と睡眠段階2まで寝た人とで、それぞれ起きた後に単純作業を行う実験をしてみました。結果、睡眠段階1で起こされた人は多少眠気が取れてはいるんですが、単純作業を行うと途中で居眠りをしてしまったんです。比較して睡眠段階2まで行った人では、居眠りをほとんどしませんでした

ー浅すぎる眠りでも、意味は無いわけですね。

林先生:さらにいえば、寝始めてから9分で起こされた人は睡眠段階2が3分ほどしか出ていないにもかかわらず、起きたあとに十覚醒効果が充分あることがわかりました。

なので、睡眠による覚醒の効果を得つつ、だるさや不快感を感じない「昼寝の理想的な時間」はおよそ10〜15分で、寝付くのに必要な5分ほども合わせると「およそ15〜20分程度」です。このくらいの昼寝をとれば、充分に眠気の回復効果が得られると思います。

理想の昼寝の時間

▲林先生への取材をもとにまとめた「理想の昼寝の時間」

ーけっこう短時間で充分なんですね。そして3分だけでも効果が得られる「睡眠段階2」がカギだと思ったのですが、感覚的な目安ってあるんでしょうか?

林先生:睡眠段階1ではあんまり「寝たな」という感覚がなくて、起きていたのか寝ていたのか自分でもよくわからない。まだ意識がちょっとあったな、という感じです。一方で睡眠段階2だと意識はなくなります。起こされた時に「あ!? 今寝てた!?」となるくらいの感じですね。起きた時にあの感覚があれば、大体充分に昼寝したと言えるでしょう。

ベッドで寝るのは実はNG 理想的な昼寝の姿勢

ー昼寝をとる時の姿勢についてはどうでしょうか?

林先生:最近はテレワークの人も珍しくないので、自宅のベッドで寝られる場合もあると思います。が、これははっきり言ってお勧めしません。というのも、ベッドでの昼寝は気持ちが良すぎて起きることができないんです(笑)。一番気持ちのいい姿勢で寝ると、かなり高い確率で寝過ぎて失敗します。

ー確かに、それはそうですね……!

林先生:なので、できれば椅子などに座った姿勢で昼寝をとる方がいいでしょうね。座った姿勢だと睡眠が深くなりにくいですし、お尻の辺りが鬱血して目が覚めやすいんです。我々が寝返りを打つのも同じ姿勢で寝ているから鬱血するというのが原因なので、理屈としてはそれと同じです。そして、椅子で寝る際にはどこかに頭を固定した姿勢で寝る方がいいですね。

ー頭の固定ですか。

林先生:睡眠段階2以上になると体の力が抜けて頭が支えられなくなるので、ヘッドレストなどに頭を預けられないと睡眠段階2までなかなか到達できないんです。

頭を固定するために座った状態でうつ伏せになるのもいいんですが、背中が曲がることで腰の負担が強くなることもあります。その場合は、椅子の高さをなるべく下げて机の位置を高くして、背中が曲がりすぎないようにするのがいいでしょう。

椅子の高さを下げられない場合は、机にクッションを置いてそこに頭を乗せてもいいですね。さらにそれも無理なら、椅子を壁際に持っていって壁に頭を寄りかからせても大丈夫です。

理想の昼寝スタイル

ーとにかく、どこかに頭を預けるわけですね。

林先生:それ以外だと、光が気になるようならアイマスクをつけてもいいですし、周囲の音が気になるならイヤホンをつけるのも手です。

ただ、音楽を聴くのは良し悪しありです。目が覚めている間はゆったりした曲を聞くと交感神経の活動や心拍が抑えられてリラックスできます。

しかし脳が音楽を音楽とし認識できているのは覚醒中だけで、睡眠に入ると単なるノイズになってしまいます。なので、周りがうるさくて音楽をかけて寝たいということなら、できるだけボリュームは下げましょう。あと、実はコーヒーを飲んだ後に昼寝をとるのもオススメです。

ーコーヒーですか。カフェインで目が冴えそうですが……。

林先生:実際カフェインには覚醒効果があるんですが、すぐには効いてこないんです。カフェインの大部分は小腸で吸収されて、体内の血中濃度が最大になるのが飲んだ後20分ちょっとくらい。なので、昼寝の直前にコーヒーを飲み、15〜20分くらい昼寝をとって起きると、昼寝とカフェインの相乗効果で起きてすぐに頭がはっきりするんです。

これは「コーヒーナップ(ナップは仮眠や昼寝を意味する単語)」といって、コーヒー飲料のメーカーも推奨している飲み方です。

ーなるほど! 吸収されるまでの時間差を利用するわけですね。

林先生:そうやって昼寝して起きたときにまだダルさや体の疲れが残っているようでしたら、日光など明るい光を浴びるのも効果的です。夜になるとメラトニンという体温低下を起こすホルモンが分泌されるのですが、LED照明などに含まれるいわゆるブルーライトは、メラトニンの分泌を抑制してしまいます。だから夜に明るい光を浴びると体温が低下しにくくなり、目が覚めてしまうんです。

逆に目を覚ましたいタイミングならばブルーライトを含む光を浴びるのは効果的です。昼寝だけではなく夜に睡眠をとった場合でも、朝起きたら日光を浴びて外を見るだけでも目を覚ます効果があります。

昼寝のイメージをポジティブにする、事例やキーワード

ー昼寝の効果や、それを引き出すための寝方もこれだけはっきりしているのに、やはりまだ日本の企業では堂々と仕事中に昼寝をするのは難しそうです。

林先生:「昼寝をしてもいい」という雰囲気が社内にないとダメでしょうね。昼寝したい人はたくさんいると思うんですが、社内風土や上司との関係の問題になりますから。

ただ、高校では18年ほど昼寝を取り入れているところがあります。福岡県立明善高校という学校なんですが、ここは午睡タイムというものがあります。

ー学校で堂々と昼寝できるんですか!

林先生:昼の授業での眠気を訴える生徒が非常に多かったため、校長先生が近くの久留米大学医学部にいらした知り合いの先生に相談に行ったんです。先生は現在日本睡眠学会の理事長を務めてらして、明善高校の卒業生でもあったのですが、相談を重ねて「そんなに眠たいなら昼寝した方がいいですよ」とアドバイスを受け、校長先生の鶴の一声で午睡タイムを導入したんです。

ー学校で昼寝というのは反発もありそうですが……。

林先生:実際、周りの教職員からは散々な言われようだったそうです。ですが、昼寝するようになってから進学率が向上して、全体的な模試の結果なども上がったり、保健室の利用者が減るなどの変化があったそうなんです。これは、昼寝の効果ということになると思います。

ーそういう実績を根拠にすればオフィスなどでも昼寝は導入できるかもしれませんね。

林先生:アメリカには「パワーナップ」という言葉もあります。これはコーネル大学のジェームス・マースが『パワー・スリープ』という書籍で言い出した言葉なんですが、要は積極的な昼寝でビジネスパーソンの活力を高めようという発想です。

「早起きは三文の徳」などのことわざがある通り、日本では昔から早寝早起きが奨励されてきました。そして逆に「昼寝」「居眠り」などの単語にはだらしないイメージがあるように、睡眠に対してネガティブな印象があります。ただ、このパワーナップのようなポジティブな言い回しが普及すれば、仕事中の睡眠も捉え方が変わってくるかもしれません

ー昼寝と言っても実際の狙いはあくまで仕事の効率化ですし、そうなるとイメージをいかによくするかの問題ですもんね。

林先生:そうなんです。先ほど「コーヒーナップ」というものも紹介しましたが、よくわからなくても「パワーナップ」「コーヒーナップ」と言われたら「なんだかよさそうだな」と思ってもらえそうですよね(笑)。そういう、昼寝が力を与えてくれるかもしれないというイメージが世の中に浸透すれば、仕事中の昼寝も認められていくのではないかと思います。

取材・文:しげる アイキャッチ・イラスト:かざまりさ 編集:黒木貴啓/ノオト、本田・木崎/なるモ編集部

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