ここ数年、新型コロナウイルスの影響で在宅ワークの機会が増えましたが、多くの人がお家での仕事モードへの「切り替え」のため「服を着替えている」のだそうです。
2020年にアパレルメーカーのライフスタイルアクセントが日本全国の在宅勤務経験者を対象に行ったアンケートでは、在宅ワーク時に「毎日必ず、全身の服を着替える」人が72.9%という結果となりました。
実際のところ「服を着替える」という行為は私たちの脳にどのような変化をもたらすのでしょうか?より意識が仕事に切り替わりやすく、在宅でも仕事に没頭できる服装があるとすればそれはどのようなものでしょう。色は関係性がある?ゆったりよりもタイトめなほうが良いの・・?
いろいろと絶えない「在宅ワーク服」への疑問。その理想の形を理論的に知るべく、脳科学者で脳内科医の加藤俊徳先生にお話を伺いました。
加藤俊徳先生
脳内科医、医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。
脳番地トレーニングメソッドを開発・普及し、独自開発したMRI脳画像法を用いて、脳の成長段階、得意な脳番地、不得意な脳番地を診断し、薬だけに頼らない脳番地トレーニングの処方を行う。
著書には『1万人の脳を見た名医が教えるすごい左利き』(ダイヤモンド社)、『部屋も頭もスッキリする! 片づけ脳』(自由国民社)、『脳とココロのしくみ入門』(朝日新聞出版)、『マンガでわかる「認知症」のひとには、こんなふうに見えています』(宝島社)など。
「着替え」は脳にとって複雑な行為
――在宅ワークでは、仕事モードへの切り替えで服を着替えるという方が多くいるそうなのです。実際に“在宅ワーク服”というのは脳科学の観点から理にかなっているのでしょうか。
加藤先生:そうですね。「切り替え」は非常に重要で、特に着替えというのは、脳の複数の部位を使う複雑かつめんどくさい行為です。なので、仕事前に脳を活性化するのにも一役買ってくれると思います。
――着替えは脳にいい……?
加藤先生:私は脳を理解しやすくするために、左脳・右脳合わせて約120区画に分かれている脳を、似たような働きを持つ区画を代表的な8つの系統に分類したものを「脳番地」と呼んでいます。
加藤先生:着替えるという行為では、服を探したり見比べたりしているときは「視覚系脳番地」を、コーディネートを考えているときは「理解系脳番地」を。着替えるために体を動かすときには「運動系脳番地」を使いますし、昨日の服装を思い出すときには「記憶系脳番地」を使い……と、人は着替えるとき、脳全体をまんべんなく使っているんです。
高齢者も着替えを1日に何回かしている人の方が認知機能が高いというデータがありますね。
――着替えはボケ防止にもいい! 私はたまに起きたままの格好で仕事しちゃったりしているんですが、これ脳にとっては最悪ってことですね……。
加藤先生:それは最悪ですね。朝に着替えたり身だしなみを整えたりすることは仕事をするための“脳の準備”になるので、すごく重要なことだと思います。 脳がよくはたらく時間を自分で作り出すという意味でも、“午前中のこの時間に毎日着替える”と時間を決めたほうがいいですね。
――やはり……。特に同業は夜活動する人が多いこともあり、多少生活リズムが狂ってもあまり気にしていなかったかも。
加藤先生:特にクリエイティブな仕事やってる人にとっては、アイディアを生み出すためにも朝や午前中に覚醒度を上げるのはすごく大事なんですよ。昼過ぎに起きて太陽にも当たらないとなるとビタミンDが不足しますし、体内で精神を安定させるセロトニン(※)も作られません。生活のリズムが狂っていて日照時間も足りないとなると、心身のバランスを崩しやすくなります。
何もしないで1日が終わる人は、アイディアも生まれにくくなってるっていうことですよね。そういう人は生活リズムを見直した方がいいかもしれません。
――うっ耳が痛い……! 想像以上に着替えって大事なんですね。
加藤先生:脳というのは、いろんな動作をして脳番地ごとに、それぞれを活性化させないと充分に覚醒しない仕組みになっています。生活のリズムを整える、そして着替えることは大事なんです。
コーデの「変化」で脳を刺激しよう
――それでは、「在宅ワークの効果を高める服」ってどんな服なのでしょうか。
加藤先生:まずは、月火水木金と服装のパターンを変えた方がいいと思いますね。あとは白黒のモノトーンなどは変化が少なく脳に刺激が行きにくい。派手な色を取り入れてみるなど、コーディネートにコントラストをつけた方が脳を刺激されてやる気になります。
――在宅ワークで自分しか見ないからこそ、自分が好きな服とか、ちょっと派手な服を着て自分のテンションを上げるような感じ……。
加藤先生:そうですね。いかに自分の感情に影響を与えるような服のチョイスをするかがすごく大事だと思います。あとは服装にレパートリーがあった方がいいです。レパートリーが少ないということは服を選んだり、考える際に頭を使う機会が減ってしまうので。
――仕事だし、スーツなどかっちりした服のほうが身も心も引き締まるからいいのかなと思っていたのですが、そういうわけではないんですね
加藤先生:スーツなどのニアフォーマルな服は、集中力を高めるときやリモート会議で相手にかっちりした印象を与えるときにはもちろん効果的です。けど、それを在宅ワークで常に着る、というのはまた違うんじゃないかなと思います。 在宅ワーク服は、変化をつけること自体にすごく意味があるので。
――大事なのは変化なんですね。
加藤先生:そう、まずは「チェンジ」。そしてもうひとつが、「リラックス」です。
――リラックス?
動きやすい服装で集中力を維持
加藤先生:在宅ワーク時の服はなるべく、上半身・下半身が凝らないような動きやすい服装がいいです。在宅仕事では座りっぱなしで、脳へ酸素を送る血流が滞りがちです。すると下半身が血流障害を起こしやすくなるから下半身がむくんでしまうんです。それによって脳では何が起こるかというと、集中力が途切れます。
――「リラックス」=「動きやすさ」なんですね! 着替えずにそのままはダメだけど、ゆったりした服装自体は在宅ワーク時にも良い、と。
加藤先生:首もとも、呼吸がしづらいと脳に悪いのでボタンをゆるめるとか、ゆったりさせるといいです。一方で姿勢をよくしたりお尻・腰まわりの血流をよくしたりする目的で、矯正バンドやコルセットを使うのも有効です。
――いろんなポイントを教えてもらってきたわけですが、「最強の在宅ワークアイテム」としておすすめできるようなものってありますか?
加藤先生:僕自身がすすめてるのは、「五本指ソックス」ですね。
――五本指ソックス!
加藤先生:五本指ソックスは指が分離して血流にいいんです。普段、足の指10本全部を意識することは少ないと思いますが、足の指は1本ずつ、運動系脳番地の中の別々の部位と連動して動くため、それぞれの指を意識することは脳のはたらきを高める上でも効果的です。
在宅時は歩く時間とともに足の裏への刺激も減ってしまうので、なおさら足への刺激は大事です。しっかり足の裏を刺激することによって、脳も刺激されますから。
――五本指ソックスはかなりコーディネートにも取り入れやすいですね。在宅ワーク服に迷ったときも、ぜひ採用してみたいと思います!
自宅で集中できない人こそ、毎日服装にバリエーションを
会社に行かない在宅ワークの日でも、最大限のパフォーマンスを引き出したいですよね。
服装をうまく活用すれば、自分で自分の機嫌を取ることができ、なおかつやる気も引き出すことができることを知りました。また、着替えることで脳番地をまんべんなく使う、複雑な行為を無意識にやっていたことにも驚きました。
と同時に、起きたままの服装でそのまま仕事をしてしまったような日は、パフォーマンスを全く出せていなかったんだろうと反省も。理想の在宅ワーク服――形から入るためにも、まずは五本指ソックスを揃えたいなと思います。
取材・文:井口エリ イラスト:かざまりさ 編集:黒木貴啓/ノオト、本田・木崎/なるモ編集部