疲れを癒したり気分転換したりできる時間といえば、バスタイム。日本人はお風呂が好きといわれていますが、ある調査によると「ほぼ毎日(週5日以上)お風呂に浸かる人は4割程度」という結果になっています。忙しさのあまり準備や掃除が面倒で、シャワー浴で済ませてしまう人も少なくないでしょう。
そんな人もリモートワークの普及で通勤時間がなくなり、時間に余裕が生まれたことでお風呂に浸かりやすくなったのではないでしょうか。場合によっては、始業前の朝風呂や作業のスキマ時間にさくっとお風呂に浸かる、なんてこともできそうです。
そもそも入浴にはどんな効果があるのでしょうか?また、健康に効果的な正しい入浴法やリモート生活ならではの入浴法も気になるところです。そこで今回は、入浴研究の第一人者で、20年間で3万人以上の入浴を医学的に調査してきた医師の早坂信哉先生にお話をお伺いしました。
早坂 信哉(はやさか しんや)先生先生
1968年、宮城県出身。東京都市大学人間科学部学部長、教授。温泉療法医、博士(医学)。一般財団法人日本健康開発財団の温泉医科学研究所所長など、温泉、銭湯、入浴に関する多数の学会、協会の理事を務める。入浴検定、銭湯検定のテキスト監修や、温泉ソムリエ、温泉健康指導士の認定のためのセミナー指導も行う。最新刊『おうち時間を快適に過ごす 入浴は究極の疲労回復術』(山と渓谷社)など著書多数。
お湯の温度によって「自律神経」をコントロールできる
——まず、シャワー浴では得られない、湯船に浸かったときの健康効果を教えてください。
早坂先生:リモートワーカーがとくに注目したいのは、疲労回復効果を期待できることです。入浴の最大のメリットは「温熱作用(温め効果)」で、体は温まると血管が拡がり、血流が増加します。すると、体の隅々まで血液が行き渡り、必要な酸素や栄養素を運ぶだけでなく、不要となった老廃物や疲労物質を排出してくれるんです。そのようにして体がリフレッシュすることで、疲労回復につながります。
また、肉体的な疲れだけでなく、脳の疲れも軽くなります。入浴時、お湯の温度を調整すれば、気分に応じて自律神経を調整できるからです。
——自律神経とは何ですか?
早坂先生:内臓や血管などの働きをコントロールする神経のことです。日中に体を活動(オン)モードにする「交感神経」と、夜に体をリラックス(オフ)モードにする「副交感神経」の2種類があります。一般的に、42℃以上の熱いお風呂に短時間浸かると交感神経が、40℃程度のぬる湯に浸かると副交感神経が優位になるといわれています。
早坂先生:仕事中の脳は交感神経が常に強く刺激され、興奮状態が長時間続くことで、だんだんと疲れてしまいます。そこで、ぬる湯でリラックスモードに切り替えてあげる。そうすれば、脳の疲れが軽くなって、良質な睡眠をとることにもつながります。
——「温度」がポイントになるんですね。ほかには、どんな効果があるんですか?
早坂先生:リモートワーク中に起こりやすい「肩こり」や「腰痛」などもお風呂で和らぎます。これらの症状の主な原因は、慢性的な筋肉の緊張と、それに伴う血流の悪さです。入浴で体を温めれば血流がよくなり、筋肉の収縮が和らいで症状が緩和されます。
早坂先生:また、精神面にもプラスの効果があるんです。その一つが、オンとオフの切り替えができること。私は産業医として活動していますが、リモートワークの普及によって仕事とプライベートの境目がなくなり、長時間労働になっている人が増えたように感じています。
長時間労働によってオン・オフの切り替えができず生活にメリハリがつかなくなると、気付かぬうちに慢性的なストレス状態に陥ってしまうことがあります。その状態が何年も続けば、疲れやすくなったり抑うつ気分が続いたりするようになるでしょう。そうならないように、お風呂にきちんと入ってオンとオフを切り替えてあげる必要があります。
——たしかに、仕事に夢中になっているとき、何かきっかけがないとリラックスモードに切り替えるのって難しいですもんね。
早坂先生:お風呂は気分転換やリフレッシュの場所として最適なんです。お風呂では湯に体が触れたり、浮力や水圧を感じたりします。それらの刺激が座りっぱなしの心身に作用することで、気分転換やリラックスにつながるんです。
「基本の入浴法」で入浴効果を高めよう
——1日の終わりにリラックスしたいとき、医学的に正しい入浴法を教えてください。
早坂先生:40℃のお風呂に10分、肩まで浸かる「全身浴」がおすすめです。体温が0.5℃程度上がり、血流がよくなりますよ。ただし、夏場の温度は38℃程度にしてもいいと思います。夏場は浴室の温度が高くなるので、とくに年齢の若い方は40℃だと体温が上がりすぎてしまう可能性があるからです。
また、よい睡眠のためには、就寝予定時刻の90分前にお風呂から上がるといいでしょう。多くの研究によると、お風呂でいったん上がった体温が下がっていくタイミングで布団に潜り込むと深い睡眠を得られて、睡眠の質がよくなることがわかっているからです。
ただ、仕事が立て込むなどして、入浴が就寝直前になってしまうこともありますよね。その場合、体温を上げすぎないように工夫しましょう。たとえば、38〜40℃で5〜6分浸かると、体温が上がるのはせいぜい0.1〜0.2℃。これなら、お風呂から上がったあと、体温はすぐに下がります。あくまでも体を清潔にする目的で入ればいいので、シャワー浴でもいいと思います。
——安眠のためには、入浴のタイミングと温度が重要なんですね。入浴前後で気を付けたいポイントはありますか?
早坂先生:入浴前には、コップ1〜2杯分の水分補給をしたほうがいいでしょう。ある研究によれば、41℃で15分入浴してから30分安静にしたとき、平均800mLの汗が出ることがわかりました。それだけ多くの水分が抜けることが予想されるので、脱水症を引き起こさないように水分補給は欠かせません。
ただし、寝つきが悪くなる可能性があるので、ノンカフェイン飲料のほうがいいと思います。とくに私がおすすめしているのは「ミネラル入り麦茶」です。汗をかいたとき、水分といっしょに失われるミネラルを補給できるだけでなく、血液をサラサラにする効果を期待できます。
また、就寝前にお風呂から上がったら早めに体を拭いて、温かい格好でゆっくりするといいでしょう。扇風機を浴びるなどして体温を下げると、体が温まって血流がよくなっている状態を維持できないからです。自然に体温が下がっていくのを待ち、血流がよい状態を保てれば疲労回復などにつながります。
さらに、生活にメリハリをつけるために、入浴後は仕事に手をつけないほうがいいと思います。とはいえ、業務メールを見れば気になってしまうはずです。お風呂上がりはパソコンなどからは距離を置き、水分補給しながら好きな音楽を聴いたりするなどして、プライベートの時間を満喫するのがおすすめです。
——入浴後、再び活動モードにならないようにすればいいんですね。ちなみに、入浴時間がなかなか取れず、シャワー浴だけなりがちな人はどうすればいいのでしょうか?
早坂先生:浴槽にお湯を約10〜15センチ(くるぶしが浸かる程度)ためて、「足湯」をしながらシャワーを浴びるといいでしょう。そうすれば、足で温められた血液が全身を巡って体温が上がり、シャワー浴だけでは難しい「温熱作用」の効果を得られるからです。このとき、お湯の温度は42℃程度で構いません。湯量が少ない分、すぐにぬるくなってしまうので、少し熱めの温度設定にするのがポイントです。
また、「手湯」を活用「手湯」を活用してみてもいいでしょう。42℃程度のお湯をためた洗面器に約10分、手をつけます。体が温まって、ほっとした気持ちになれるはずです。
——さらに入浴効果を高める方法はありますか?
早坂先生:手軽にできる方法の一つが、入浴剤を使うことです。入浴剤には温熱作用を高める効果があり、短時間で体が温まります。たとえば、仮に体温を0.5℃上げるのに40℃で15分かかる場合、入浴剤を入れると10分ほどで済みます。また、保温効果も高まりますし、お気に入りの入浴剤を使えば気分転換にもなるはずです。
ちなみに、日本製の給湯器に配慮している、日本メーカーの入浴剤を選ぶといいでしょう。とくにおすすめなのは、入れると泡が出る「炭酸ガス系」の入浴剤です。お湯に溶け込んだ炭酸ガスが皮膚から吸収されることで血管が広がり、血流がよくなります。さらに粒状のタイプですと溶けやすく、お風呂に早く入りたい多忙なビジネスパーソンにとっても便利だと思いますよ。
リモート生活ならでの入浴法で「活動モード」に切り替える
——リモート生活で通勤時間がなくなった分、朝風呂を楽しむ時間ができた人もいそうです。そもそも、朝風呂は効果があるのでしょうか?
早坂先生:朝風呂は「活動モード」のスイッチを入れたいときに使えます。出社する場合、通勤時間で体を動かし、体温が自然と上がって交感神経のスイッチを入れることができました。しかし、リモートワークではそれができません。そこで、朝風呂を活用してみましょう。
42℃程度のお風呂に2〜3分、最大で5分以内浸かるようにします。あつ湯の効果を得られればいいので、この方法を43℃程度の「手湯」や「足湯」で試してみてもいいですし、熱めのお湯で顔を洗ったりするのも効果的だと思います。
——夜の入浴とは違い、体を活動モードにしていくんですね。
早坂先生:この方法を使えば、仕事中のスキマ時間も有効活用できます。スキマ時間にお風呂でリラックスモードになったあとは、仕事モードに復帰できなくなるかもしれません。そうならないように、42℃程度で2〜3分のシャワー浴がおすすめです。気軽に気分転換やリフレッシュができますし、もうひと踏ん張りする気力が湧いてくるでしょう。
さらに気軽に入りたいなら、仕事中にフットバスを活用するのも手です。足湯のデメリットは、お湯が冷めやすいこと。保温機能が付いた電動タイプのフットバスを使えば、仕事しながら体を温められます。ただし、額や鼻の頭が少し汗ばんできたら入りすぎです。体温が0.5℃程度上がるため、あとから眠くなる可能性があります。設定温度にもよりますが20〜30分程度にして、体がポカポカと温まってきたくらいで終えるのがベストです。
リモートワーク疲れに効く!症状別の入浴法は?
——冒頭で、入浴によって「肩こり」や「腰痛」などの改善も期待できることを教えていただきました。効果的な入浴法はありますか?
早坂先生:どちらも40℃に10分浸かることが基本です。最初の5分は湯船にゆっくり浸かって体を十分に温めたら、残り5分でストレッチしながら浸かるようにするといいでしょう。
——それぞれ、どんなストレッチをすればいいんですか?
早坂先生:肩こりの場合は、まず肩までしっかり浸かって、肩の筋肉を十分に温めることが重要です。そのあと、肩の運動をしていきましょう。肩の上げ下げや首回しだけでなく、肩の関節を伸ばしたり回したりしていきます。また、肩に手を置いて肘で円を描くように「肩関節(肩にある関節)」を回すのもおすすめです。
また、肩関節の前後を伸ばすストレッチもあります。肩関節の前を伸ばしたいときは、腕を上げたら浴室の壁に両手の手のひらをつけて、上半身を前に傾けてください。これを脇の下が伸びるのを感じながら行ないましょう。
一方、後ろを伸ばしたいときは、肩甲骨(背中の上部に左右対称に位置する、逆三角形の平たい骨)を伸ばしていきます。頭の真上で両手を組んだら、おへそを見るイメージで上半身を前に傾けていくと、肩甲骨がしっかり伸びていることを実感できると思います。
——どれも浴槽で簡単にできそうですね。腰痛改善に効くストレッチを教えてください。
早坂先生:浴槽の縁をつかんで、上半身を左右にゆっくりとひねってみてください。または、両手で膝を抱えて、背中を丸めたり伸ばしたりするのもおすすめです。
このような軽いストレッチを数回繰り返すことで、リモートワーク中に凝り固まった筋肉を動かすことができ、肩こりや腰痛が和らぐでしょう。
——入浴中のストレッチで症状別の悩みにもアプローチできたりと、入浴には想像以上にたくさんの効果があって驚きました!
早坂先生:入浴には今回ご紹介したさまざまな効果が期待でき、「健康寿命(介護の必要がなく、元気に過ごせる寿命のこと)」を延ばすことにつながります。実際に最近の研究では、毎日お風呂に入ることで心筋梗塞や脳卒中、動脈硬化などの病気を予防できることがわかりました。健康のためにジョギングする人がいますが、入浴も同様に単に体の汚れを落とすためだけでなく、健康のため、と考えましょう。しかも、日常生活に気軽に取り入れられるメリットがあります。
リモートワークの普及によって、朝風呂やスキマ時間の入浴などの時間を確保しやすくなりましたので、仕事の気分転換に入浴をぜひ活用していただきたいですね。そうすれば、休みなく緊張状態が続く心と体がほぐれて、健康的にリモートワークを続けやすくなると思います。
——入浴は健康づくりに欠かせないことがよくわかりました。いいことづくめの入浴をもっと活用していきたいと思います。本日はどうもありがとうございました!
取材・文:流石香織 アイキャッチ・イラスト:かざまりさ 編集:黒木貴啓/ノオト、本田・木崎/なるモ編集部