遊びながら目の健康をチェックでき、さらに目の健康を保つためのトレーニングもできる。そんなゲームが今、注目を集めています。
開発したのは、東北大学と仙台放送のプロジェクトチーム。地方の放送局がなぜ、このようなプロジェクトに携わることになったのか?その背景を、仙台放送 ビジネス推進局の太田茂氏と工藤理子氏に取材しました。
視野状態のセルフチェックVR「Meteor Blaster」
ゲームの名前は「Meteor Blaster(メテオブラスター)」。スマートフォン向けのゲームとして、2022年に最初のアプリが公開されました。
東北大学大学院 医学系研究科 眼科学分野の中澤徹教授と仙台放送が協力し、目の健康、特に視野状態について、日常生活の中で簡単に気づきを得てもらうことを目指して開発されたものです。
例えば、日本人の中途失明原因の第1位となっている緑内障では、自覚症状が少なく、ゆっくりと視野が欠けていくため、気づいた時には手遅れになっているケースも多いとされています。このように、目は健康を害していることが本人でも分かりにくいケースが多いことから、早く気づく「きっかけ」が必要と言われてきました。「Meteor Blaster」は、宇宙空間を舞台にしたシンプルなシューティングゲーム。プレイヤーは中央を見つめながら、飛来する隕石を撃ち落とします。このとき、視線を中央に固定したまま周辺視野の反応を測定するしくみになっており、わずか5分間のプレイで視野の状態を簡易的にチェックできるようになっています。眼球の固定や視野判定のアルゴリズムに関しては特許も取得しています。
▲「Meteor Blaster」のゲームプレイ画面
放送局がヘルスケア分野に挑む理由
では、放送局がなぜ目のヘルスケア分野に取り組むことになったのか?
実は東北大学と仙台放送のタッグは今回が初めてではありません。太田氏によれば、同局では2007年に新規事業を推進する部署を立ち上げ、メディア発の社会課題解決をテーマに、さまざまなコンテンツ開発に取り組んできたといいます。
過去には「脳トレ」で知られる東北大学加齢医学研究所・川島隆太教授とともに、テレビ番組『いきいき脳体操』を制作。その知見をもとに、脳科学系コンテンツのマルチユースにも挑戦してきました。
その延長線上で、2020年には川島教授監修の運転技能向上トレーニング・アプリ「BTOC(ビートック)」を開発。こちらのアプリはAIによる運転技能解析を導入し、保険会社や地方自治体、タクシー・運送会社など多くの法人で事故防止のトレーニングツールとして採用されています。
「Meteor Blaster」は、この「BTOC」に次ぐ「社会課題の解決型プロジェクト」として誕生しました。
スマホ版からVR版へ、精度の向上
「手で持つスマホでは眼球とディスプレイの距離を一定に保つのが難しかったのですが、VRでは距離を一定にできるため、かなりの精度で判定が可能になりました」と太田氏。
スマホ版は両目で一度にプレイする形式でしたが、VR版ではヘッドセットを装着することで片目ずつブラインド状態でプレイできるようになりました。左右の目で交互に2ステージずつトライした結果を解析することで、より詳細な視野の状態が分析可能になっています。
地元での実証と社会実装
仙台放送は、2024年度から仙台市、東北大学、日本生命と共に『眼からはじめるやさしい街づくり』事業を開始。「Meteor Blaster」の社会実装の一環として、地元・仙台でのVR体験会を開催し、希望者には眼科検診への導線を設けています。
仙台市の百貨店・藤崎で行われた体験会では、体験者の約1割が自分の視野状態の違和感を自覚、実際の受診につながったケースもあったといいます。さらに、その後も薬局など複数拠点でイベントを予定。宮城県栗原市などの公共施設や、メガネ店などへの設置も進んでおり、誰でも気軽に目をチェックできる社会の実現を目指しています。
「ジャパンモビリティショー」で披露された新機能
仙台放送は2025年秋、東京ビッグサイトで開催された「ジャパンモビリティショー」に「BTOC」とともに「Meteor Blaster」を出展しました。この場で披露されたのが、新たに搭載された「トレーニングモード」です。
従来の視野チェックに加え、ゲーム内で目を動かすことで眼球の周囲筋を鍛えることを目的としたモードで、楽しみながら目を守るという新しい価値を提案しています。
▲ジャパンモビリティショーの仙台放送のブース。川島教授の講演なども行われました
「昔はゲームは目に良くないと言われていましたが、最近の研究ではeスポーツ選手は目の動かし方が非常に上手で、眼球の周りの筋肉が発達していることが分かってきています。『Meteor Blaster』の開発過程でこうしたフィードバックを得て、eスポーツの選手のような目の動きを再現できるトレーニングモードを作りました」と太田氏は語ります。
実際に体験してみた
筆者も実際に「ジャパンモビリティショー」の会場でVR版を体験してみました。
ゴーグルを装着すると、目の前に深い宇宙空間が広がります。正面から飛来する隕石が中央の的に重なった瞬間に右ボタンを押し、合間に点滅する白い光を視界に捉えたら左ボタンを押す。正面に集中しながら周辺視野も意識する設計になっています。
判定結果はA~Eで表示されるとのことでしたが、私の場合は5分ほどのプレイを終えると、A~Dまでのランクで視野バランスが表示されました。結果は「下方向がやや弱い」。仕事中にディスプレイを少し見上げる姿勢を取っていることが多く、まさにその傾向を示す結果でした。
▲A~Eのランクで目の状態の結果を表示する
▲ブースに用意されていた体験用のVRヘッドセット
▲簡単なゲームをプレイするだけで簡易診断やトレーニングができます
続いて「トレーニングモード」を試すと、画面内を飛び回るUFOを目で追いかけ、撃ち落とすという内容。頭を動かさずに眼球だけで追うため、自然と目を大きく動かす運動になります。プレイ後は血流がよくなったのか、視界が広がったような感覚を覚えました。
目の健康を日常に取り戻す
「早期発見のためのチェックだけでなく、トレーニングモードがあることで使用頻度が上がり、目を酷使する職場などでの導入機会も増えるのではないかと期待しています」と語るのは、同局の工藤理子氏。太田氏もこう続けます。
「まずはヘルスケア領域からスタートしましたが、これしかやらないということではありません。東北大学さんと連携しながら、今後も社会課題にどう向き合っていくのかを日々議論しています。今回の取り組みで得た技術を、他の分野にも応用していきたいと考えています」
放送局が生む行動変容のメディア
取材を終えて強く感じたのは、放送局というメディアの可能性が広がっているということでした。
仙台放送が取り組んでいるのは、情報発信にとどまらない挑戦です。東北大学との産学連携でゲームを開発し、地元での体験会を重ね、眼科受診への橋渡しをする。体験会では参加者の約1割に緑内障の可能性が見つかり、実際の受診につながったといいます。さらに、薬局やメガネ店への常設展開も進めており、「誰でも気軽に目をチェックできる社会」の実現に向けて、着実に歩みを進めています。
実際にVR版を体験してみて印象的だったのは、楽しさと実用性が自然に両立していることでした。5分遊ぶだけで目の状態がわかり、トレーニングもできる。堅苦しい「検査」ではなく、気軽な「ゲーム」という形だからこそ、日常に溶け込んでいける。ゴーグルを外したとき、視界が少し明るくなったような感覚があったのも、この技術の可能性を物語っているように思えます。
ヘルスケアとエンタメを融合させた地方発のプロジェクト。かつて「ゲームは目に良くない」と言われた時代から、今や「ゲームで目を守る」時代へ。その転換を体現するこの取り組みに、これからのメディアの新しいあり方を見た気がしました。
取材協力:仙台放送(ビジネス推進局 太田茂氏・工藤理子氏)
取材/文・太田百合子 イラスト:yori. 編集:木崎・本田・稗田/なるモ編集部










