遠隔から親を見守る仕組みはどう作る? ITが苦手な親と始める「実家のスマートホーム化」

少子高齢化や核家族化などの影響で増加しているのが、高齢者夫婦だけの世帯や高齢者の一人暮らし。

離れて暮らす高齢の親を心配して、安否確認を頻繁にしてしまう人もいるかもしれません。しかし、それがお互いの負担になってしまうことも。また転倒や発病によって親が電話に応答できないときもあるでしょう。離れて暮らす親が気になるものの、近居や同居が難しい人も少なくないのが現実です。

そのような人におすすめなのが「実家のスマートホーム化」。IT技術による遠隔見守りシステム、具体的にはスマートディスプレイやセンサーなどのスマート機器を実家に導入することです。スマートホーム化された家では、音声やアプリなどでスマート機器が操作できます。

とはいえ、ITが苦手な親がスマートホームに馴染めるのかどうか不安を感じる人もいるはずです。どうすればスムーズに実家をスマートホーム化でき、親がその仕組みを使いこなせるようになるのでしょうか。

実家のスマートホーム化を実現し、軽度の認知症がある母親を遠隔で見守っている和田亜希子さんに、スマートホーム化で解決できたことや導入のファーストステップ、気を付けるべきことなどを伺いました。

和田亜希子(わだ あきこ)さん プロフィール

和田亜希子さん

テクニカルライター。1970年生まれ。千葉県香取郡小見川町(現・香取市)出身。1994年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、住友銀行(元三井住友銀行)に入社。1998年、検索エンジン「LYCOS(ライコス)JAPAN」に転職、日本でのサービス開始時に広告営業、広告配信管理などを担当する。1998年からサイト運営・アフィリエイトを開始(国内初のアフィリエイト専門情報サイトを開設した第一人者)。運営サイトは多数。2004年からアフィリエイト関連書籍を多数出版。2009年以降は自らを「ミニサイトづくり職人」と名乗り、ミニサイト制作・運営に注力。現在はミニサイトづくりをテーマとしたワークショップを開催する他、セミナー講師も務める。

スマート機器が子どもの代わりに親を見守り、サポートしてくれる

ーーまず、和田さんがスマートホーム化に至った経緯から教えてください。

和田さん:スマートホーム化を始めたのは2021年の秋からです。それまで、79歳の母が暮らす実家には2つの問題がありました。

一つは、母に「日時見当識障害」があること。日時の感覚が大きく狂う、認知症の初期症状なのですが、その症状が進行した母は病院の診察予約日を勘違いしたままタクシーで病院に向かったり、通院リハビリではない日に玄関で迎えを待っていたりすることがよくありました。その頃から「このままでは、母がいつか行方不明になってしまうのではないか」と不安を感じていたんです。

もう一つの問題は、転倒リスクがあること。転んで骨折し、自力で立ち上がれなくなれば、ときには命に関わります。母は脳疾患を発症したことがあるので、脳の病気で倒れたのであれば、できるだけ早めに治療しなければなりません。しかし状態を確認したくても、母は認知症の進行でスマートフォンの操作が難しく、現状がわからずに困ることがよくありました。

こういう悩みも、母の近くに誰かいれば何とかなるかもしれません。しかし、2021年8月に父を亡くしてから、母は千葉県で一人暮らしをしています。私は神奈川県に住んでいるので、母に何かあってもすぐには駆けつけられません。母に何かあれば仕事を早退して様子を見に行くようにはしていましたが、次第に「どうにかしないと、母の命に関わる」と危機感をもつようになりました。

ーーその二つを解決しようと、スマートホーム化に乗り出したんですね。

和田さん:まず、母が正確な日時を把握できるようにする方法を考えました。そこで「そうだ、スマートディスプレイ(音声アシスタント機能を搭載したディスプレイ)が使えるんじゃないか」と思い付いて。スマートディスプレイに向かって「今日は何日?」「今日の予定は?」と聞けば、音声アシスタントが日付やGoogleカレンダーに登録した予定を教えてくれる機能があるからです。これなら、離れて暮らす私が登録した予定も母に伝えられるだろうと。

ーーなるほど。和田さんに代わって、スマートディスプレイがお母さまに必要なことを知らせてくれるんですね。安否確認には何を使ったんですか?

和田さん:センサーとネットワークカメラなどを組み合わせて、いつでも母の状態を把握できる仕組みをつくりました。その当時、一般家庭向けのセンサーが安価でたくさん売り出されるようになり、人感センサーや開閉センサーなどが一個あたり2,000円くらいで手に入るようになったんです。小型で邪魔にならず、電池式でも数か月は使えます。スマホで初期設定すれば、あとは離れた場所からでもインターネット経由で映像の確認などができるので、これなら見守りに使えそうだなと思って。

こうしてスマートホーム化を進めていったことで、「母のそばに私がいなくても、解決できることが結構あるんだ」と気付きました。薬の飲み忘れや玄関の施錠忘れなども、母に確認を促す仕組みさえあれば何とかなるとわかったんです。

和田亜希子さん

ネットワーク環境を整えたら、必要最低限のスマート機器を揃えていく

ーーやはりテクニカルライターである和田さんのようにITの知識がなければ、実家のスマートホーム化は難しいのでしょうか?

和田さん:そんなことはありませんよ。導入時、私はたくさん調べたわけではなく、周りからアドバイスをもらって進めていきました。当時は「実家スマートホーム化プロジェクト」と名付けて、SNSで自分の現状を前向きに公表していたんです。そして、悩みを書き込んでみたら、スマートホームに詳しい知人が「その用途なら、この機器が使えそうだよ」と教えてくれて。そんなふうに前向きに相談してみることで、スマートホームに詳しくなくてもスムーズに導入できると思います。

ーー1人で悩まず、周りに相談することも大事なんですね。導入時、苦労したことはありますか?

和田さん:一番悩んだのが「実家のネットワーク環境」です。実家はインターネット回線の速度が遅く、複数のスマート機器をつなぐと通信速度が低下してしまいます。だからネットワークカメラをつないでも映像が映らないことがよくありました。

そこで「モバイルWi-Fiサービス」を利用することにしたんです。今では、購入したWi-Fiルーターに格安SIMカードをセットすれば安価にインターネット環境を作れます。光回線のように開通工事は必要なく、神奈川県の自宅でセットアップしてから持っていくだけなので、実家ですぐに使い始めることができました。スマート機器はインターネットを介して使うので、最初に実家のネットワーク環境を構築することは必須です。

ーー実家にネットワーク環境がない人は多そうなので、注意したいポイントですね。スマートホーム化はすべておひとりでされたんですか?

和田さん:そうです。帰省するたびにスマート機器を持っていって、「よし、今日はこれを設定するぞ」とワクワクしながら進めていきました。

実は導入前、本当に憂鬱だったんですよ。母の状態が心配だったし、とはいえ頻繁に帰れなくて、母には「なんで一週間も帰ってこなかったの」と責められて。確認のために電話しても「また子ども扱いして」と言われます。心配のあまり私もついきつい口調になってしまい、母の自尊心を傷つけていたんだと思います。

しかしスマートホーム化で実家を「見える化」したことで、状況もだんだん改善していきました。母の状態をいつでも確認できるから、母に直接何度も確認しなくて済みます。母をいら立たせることがなくなったことで、ぶつかり合うことが減り、実家に帰るのも楽しくなっていきました。

ーーお母さまの生活が便利になっただけでなく、親子関係も改善されたんですね。これからスマートホーム化を始めたい人は、何から導入すればいいのでしょうか?

和田さん:解決したいことにもよりますが、「防犯」を兼ねて導入しやすいのはネットワークカメラに、スマートディスプレイやスマートスピーカー、あとスマートリモコンです。ちなみにスマートディスプレイは、カメラ付きでコスパ抜群のAmazon『Echo Show』シリーズがおすすめです。

Echo Show 5

▲『Echo Show 5』は呼びかけるだけで親とビデオ通話を始めることができ、予定をプッシュ通知してくれる機能も備えている(機器の写真提供:和田さん、以下同)

これだけそろえれば、家電を音声操作できるだけでなく、外出先からエアコンを操作したり、室温を確認したりもできます。スマートディスプレイで、今日の天気やニュースを確認することやビデオ通話も可能です。旅行中にスマートフォンから家の様子や留守番中のペットの様子を見たりすることもできますから、親御さんはスマートホームの必要性を感じてくれると思います。

スマートホームの便利さを知るには「使って実感する」ことが近道

ーースマートホームに馴染みのない親御さんのなかには、導入に抵抗感を感じる人もいそうです。和田さんのお母さまは、いかがでしたか?

和田さん:プロジェクトを始める前から、もともと実家には防犯目的でネットワークカメラを2台導入していたので、そんなに抵抗感はなかったようです。カメラも今では母の見守り用として活躍しています。ただ、親としては「飼い猫の見守り用」と認識していたようで、家族旅行のときにスマートフォンで自宅にいる愛猫の様子を見せると喜んでいたことを覚えています。

プロジェクトを始めたあとは、何か一つ導入するたびに「お母さんが倒れたら、このセンサーで感知できるんだよ」と機器の必要性を説明するようにしました。今となっては母も自分の調子が優れないことを自覚していますから、導入には納得してくれています。

ーーそのように、あらかじめスマート機器に慣れていれば、あまり抵抗感を覚えずに済みそうですね。一方、IT機器に苦手意識をもつ親御さんには、どう説明すれば納得してもらえるのでしょうか?

和田さん:音声操作は使ってみると予想以上に面白いので、やはり実際に体験してもらうことが一番だと思います。

実は私自身、もともとスマートホームの必要性をあまり感じていなかったんです。「家電はリモコンで付ければいいじゃん」と思うタイプでしたが、実際に使ってみるとどの部屋にいても音声操作できる便利さに驚きました。

まずは簡単に使えそうなスマート機器から導入してみて触ってもらうのがおすすめです。機器はどれも小型なので、結局使わなくても邪魔になるものではありませんから。

和田亜希子さん

ーー「あれもこれもできるよ」と言葉で説明するより、そのほうが早く納得してもらえそうですね。スマート機器を初めて使う親御さんに、おすすめの機能はありますか?

和田さん:スマートディスプレイを音声操作して、好きな歌手の音楽を楽しんでもらうことです。たとえば『Echo Show 5』を使うなら、「アレクサ、◯◯(親が好きな歌手名)の曲を流して」と話しかければ、Amazonミュージックから曲を探し出して流してくれます。音声操作だけで音楽を聴ける便利さに驚いて、きっと満足してくれるはずです。

親の負担を減らす仕組みをつくり、スマートホームを日常使いしてもらう

ーーお母さまがスマート機器をうまく使いこなせるように工夫したことはありますか?

和田さん:スマート機器を操作するための音声コマンドを忘れないよう、母がいつも座るテーブルの上に「コマンドを書いた養生テープ」を貼り付けています。母もすぐにコマンドを覚えて言えるようになりました。

コマンドを書いた養生テープ

▲よく使うコマンドを油性マジックで書いて貼り付けている

ーー書いてあることを読み上げるだけなら、あまり負担にはなりませんもんね。しかし、せっかく実家にスマートディスプレイを設置しても、だんだん使わなくなる親御さんもいそうです。そうならないための工夫はありますか?

和田さん:やはりスマートリモコン(スマートフォンなどで家電を操作できるようになる機器)との連携まではやってあげる必要があると思います。その上で、スマートディスプレイに「電気を付けて」などと話しかければ、毎日のように使う家電製品を声だけで操作できるようになりますから。

スマートリモコンとの連携

▲スマートリモコン(右)に、赤外線リモコンで操作できる家電製品を登録すれば、いろいろな家電製品をスマートフォンから一括操作できる

この仕組みによって、日常的にかかる親の負担を軽くすることができます。たとえば寒い冬の朝、起きた時に寝室でスマートスピーカーに「リビングのエアコンつけて」と話しかけておけば、リビングにやってくる頃にはもうぽかぽか暖かくなっていて快適です。

また、外出先でも家中の家電を操作できるようになります。スマートリモコンはWi-Fi経由でインターネットに接続されているので、どこにいてもスマホアプリで操作できるんです。外出先でエアコンを消し忘れたことに気付いても、スマートフォンがあれば消せるので便利だと思います。

ーー足腰が弱りがちな親御さんにとって、わざわざ移動しなくても操作できるのはラクですね。

和田さん:ほかにも、自動化によって毎日のルーティンをラクにすることもできます。その一つがアレクサの「定型アクション」機能です。ルーティンを設定しておくと、音声コマンドや一定の条件でスマートディスプレイが複数のことを実行してくれます。

実家の『Echo Show 5』はカメラで母の動きを感知したら、次の画像のように指定したアクションを実行してくれるんです。ほかにも時間帯ごとにいろいろなルーティンを設定してあります。母はその時々にすべきことに気付けることで、自分の生活を整えやすくなったようです。

ルーティン設定画面

▲ルーティンの設定はAlexaアプリ上で行ない、画面に従えばいいので難しくない。設定次第では、自動的に家電を動かすこともできる

実家の環境を遠隔操作できれば、親を無理に変える必要はなくなる

ーー経験上、スマートホーム化にあたり注意したほうがいいと思うことはありますか?

和田さん:いくつかありますが、その一つは家全体が停電してスマート機器が動かなくなることです。台風や地震が起こったり、漏電ブレーカーが落ちたりすることで実家が停電になれば、コンセントから電力を得ているスマート機器は動かなくなってしまいます。停電時のことも想定して、ルーターやカメラ、スマートディスプレイなどバッテリーでも駆動できるようしておくといいかもしれません。

ーーなかなか気付きにくいポイントですよね。スマートホーム化から1年以上経過しましたが、親御さんにはどんな変化が表れましたか?

和田さん:スマートホーム化する以前の母は、今の日時ややるべきことがわからず、よくイライラ、モヤモヤしていました。今ではわからないことはスマート機器が教えてくれて、それに応じて動けばいいだけなので精神的に少し安定したようです。

また毎日スマートディスプレイで私と顔をあわせてビデオ通話していますので、以前ほどは孤独感もなくなっていると思います。バーチャル同居感もあります。

さらに最先端の技術を使いこなせることが嬉しいようで、ケアマネジャーさんなどが訪問すると「うちの家電は声で操作できるのよ」と言って音声操作を見せることもよくあるそうです。スマートホームを結構気に入ってくれているんだなと感じました。

ーーポジティブな変化が生まれているんですね。和田さんには、どんな変化がありましたか?

和田さん:一番の変化は、やはり母にうるさく言わなくなったことです。以前は母のためにと思って、母自体を遠隔操作しようとしていました。「熱中症になるからエアコンを付けて」「寝る前に鍵をかけた?」と何度も連絡することがよくありましたが、母からすれば何度も言われたくなかったでしょう。

今では、スマートホーム化で遠隔見守りと家電の遠隔操作ができるようになったおかげで、母にいろいろと言わなくなりました。母が玄関のカギを閉め忘れても、スマートロック(スマホアプリを使ってドアの施錠管理をするシステム)を導入してあるので、私がアプリで閉めるだけで済みます。

そのように「母ではなく、実家の環境を遠隔操作すればいいんだ」と理解できたのはよかったなと。導入前と比べて自分の性格が丸くなりましたし、母との関係も改善されました。

玄関ドアのスマートロック

▲スマートロックは内側のカギの上に被せて貼り付ければ使えるため、既存の玄関ドアでも使用可能

ーーお互いに気持ちがラクになったんですね。

和田さん:母も私もスマートホーム化で救われましたが、こんな方法があることを知らない人はまだまだ多いはずです。今、この瞬間も親御さんのことが心配で憂鬱な気持ちになったり、実家に駆けつけたりしている人はたくさんいるでしょう。そういう人たちに、スマートホームは安価に導入できること、そして生活と気持ちが大きく変わることを伝えたいですね。

とはいえ、初めてスマートホーム化に取り組む人は、ベストな設定方法を見つけるのに試行錯誤するかもしれません。私も最初の2〜3カ月間は悩みながら見つけていきましたが、今では短時間で設定できるようになりました。

そのような経験を活かして、今後はスマートホーム化を検討している人をサポートする事業を考えています。そして、親御さんと一緒にラクできる仕組みがあることを多くの人に知ってもらい、たくさんの人とハッピーになりたいですね。

和田亜希子さん

ーー貴重なお話をありがとうございました。

取材・文:流石香織 アイキャッチ:小峰浩美 編集:中込有紀/ノオト、本田・木崎/なるモ編集部

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