ある日の「なるモ」編集部メンバーは考えていた。
「もし弊社に、新しい福利厚生が生まれるとしたら何がいいか」——。
もちろん、いまの境遇にも満足している。しかし会社として「より働きやすい環境を目指すこと」を諦めてはならない。役職・年齢・性別問わずいろんな社員から忌憚ない意見が飛び交えば、アイキューブドシステムズはますます働き心地のいい会社になるのではないか……。
そこで注目したのが「VR会議」だ。

▲イメージ
それぞれVRゴーグルを着けて仮想空間に集まり、アバターを通して身振り手振りをリアルタイムに伝えながら、まるで本当に同じ場所にいるような没入感をもって会議ができる。いまやすっかり浸透したオンライン会議よりも活発な議論ができるとして、ビジネスコミュニケーションの次のトレンドに期待されているらしい。
遠隔地から臨場感をもって会議できるのは魅力的だが、特に興味を引くのが「アバターで好きな姿になれる」という点だ。
もしみんながネコやエイリアンなど普段の姿とまったく違うアバターに変身したら、お互いに役職やキャリアを気にせず対等に意見を交わせるのではないだろうか。そしてなんやかんやでうまいこといって明日から福利厚生で月5億円もらえるようになる、なんて間違いが起こったりしないだろうか。
流行りのVRゴーグルを人数分調達できたので、アイキューブドシステムズの社員4人にVR会議へ初挑戦してもらった。

登場人物

林正寿さん。執行役員営業本部長CSO/49歳/入社8年目/なるモ編集長。VRは初。最近VRの楽しそうな話題を見て少しだけ憧れを抱きつつも、中々踏み込めないでいた。

本田英美さん。営業本部 営業企画部 マーケティングマネージャー/中途1年目/なるモ編集部メンバー。VRは初めてだが、最近メタバースに興味をもっていて、前からやってみたいと思っていた。

杉本裕基さん。営業本部コンサルティングサービス部/テクニカルコンサルタント/30代前半/中途1年目。VR体験は初。子どもが産まれてから時間が取れていないが、ゲームは元々やる方。VRでも某ゾンビアクションなどやってみたいと興味はあった。

村瀬航太さん。営業本部営業部営業課/AE/20代前半/新卒2年目。今回の企画にわけがわからぬまま参加させられた。VR体験は初。

黒木貴啓。編集者・ライター。なるモ編集部の社外メンバーであり、今回のVR会議の企画者かつ進行役。VRに慣れようと毎晩「VRChat」にログインしていたらベテラン勢に優しくされてハマりつつある。
●もくじ
・VR会議に必要なもの、体験の流れ
・会議する空間「VR Chat」でアバター選び
・沖縄の民家に集まった、愉快でカオスな仲間たち
・初めてのVR会議スタート
・VR会議、やってみてどうだった?
VR会議に必要なもの、体験の流れ

今日はみなさんよろしくお願いします!
よろしくお願いします!

まずは「VR会議」に必要なものをざっくり説明します。


ほう……。

何だかいろいろありますね。

今回のVR会議では①と②が一体型になっている「Meta Quest 2」を人数分用意しました。

ありがたい。


利用する仮想空間アプリですが、いつもと全然違う姿と場所で会議をしてみようということで、今回はVR SNSとして長い歴史を持つサービス「VRChat」を使用します。
VRChat


2014年にリリースされた、米VRChat社が運営するソーシャルVRアプリ。Windows PCや PC接続したVRヘッドセットから、 またMeta社のVRヘッドセット「Quest 2」 から参加 できるメタバースの1つ。VRヘッドセットを用いれば、360度全方向がリアルとは異なる世界を前にしながら、アバターの姿をしたユーザーと声で会話し、ボディランゲージでコミュニケーションできる。2021年12月31日の同時接続数は8万9300アカウント以上、平時でも数万人がログインしているといわれている。

そしてVRChatの案内役として、助っ人をお呼びしました。Quest 2でVRChatを楽しむ方法を案内している書籍『VRChatの歩き方』の著者である武者良太さんです!
武者 良太(むしゃ りょうた)さん
1971年生まれ。埼玉県出身。1989年よりパソコン雑誌、ゲーム雑誌でライター活動を開始。現在はIT、AI、VR、デジタルガジェットの記事執筆が中心。元Kotaku Japan編集長。Facebook「WEBライター」グループ主宰。近著に『未来ビジネス図解 仮想空間とVR』『メタバースの歩き方』など。


頼もしすぎる経歴。

武者さんはこの場にはおらず、遠隔地からVRChatの世界で待っています。さっそく目の前のQuest 2を装着して、VRChatに入ってみましょう!
おおー!!
会議する空間「VR Chat」でアバター選び

▲その後4人は慣れないVRゴーグルの操作に戸惑いながら……

▲手探りでVRChatにアクセスし……

▲悪戦苦闘しながら……

▲すったもんだあってようやくVRChat内で武者良太さんと合流できた。(C)VRChat
ようやくここまで来た……!

みなさんおつかれさまでした。そしてようこそ!

▲VRChatで4人を出迎えたのがこちらのネコ。中身は案内役の武者さん (C)VRChat

大きいネコだ!

これはVRChatが公式に用意しているアバターの1つです。VRChatでは誰でも自由に着れる「パブリックアバター」というものがあって、いろいろなユーザーさんが自作したアバターを善意で配布しています。これからVR会議で着るアバターを選ぶため、おすすめのワールド(※)「Himiko Avatar World:Quest」に行ってみましょう。
※ワールド:VRChat上にいくつも作られている仮想空間のこと。公式が用意しているもの、ユーザーが自作したもの、企業が提供しているものなどたくさんあり、世界中のユーザーが飛び回っている。
Himiko Avatar World

日本のユーザー・bbbbb_ himiko(@bbbbb_himiko)さんが制作する、さまざまなアバターの着替えが楽しめるワールド。VRChat内には著作権を無視した不法アバターなどが存在するが、このワールドなら安心できる。 少女からロボット、動物までバリエーション豊かなアバターが揃っており、 自分の趣味嗜好を決めたり操作に慣れたりするのにうってつけとなっている。

アバターがめちゃくちゃいっぱいある!

え? ナスにもなれるの?

どれにしよう。
~5分後~
わいわい。

みなさん徐々に操作方法に慣れてきましたね。やっぱりまずはVR空間を動き回ってみるのが一番です。

(すっかりVRにハマってもらってうれしい……) 会議で何を着るか決まりましたか?
はい!

それでは会議するワールドに移動しましょう。どんな感じの場所がいいですか?

キャンプとか好きなんですが、そういう自然が感じられる場所ってあったりします?

よし、ではあそこに行きましょう、着いてきてください!

▲(C)お休みさん

すごい、ここは……!?

夜の沖縄の古民家をイメージした、「雨端 Amahaji -Night-」というワールドです。

波の音が聞こえる~!

これは癒やされますね。

ではワールドも決まったので、会議を開始しましょう。
よしきた!!!

▲実際の「離れた場所からのVR会議」にするため、4人は別々の部屋に移動。VR会議スタートです!
沖縄の民家に集まった、愉快でカオスな仲間たち

みなさんすっかり姿が変わってしまったので、あらためて自己紹介をお願いします。

▲(C)bbbbb_himiko

林です。

林さん!!??

林です。

確か林さんって、会社のめちゃくちゃエラい人ですよね?

執行役員で、営業本部長です。

(いろいろ大丈夫なのかな……。)なぜその姿をチョイスされたんですか?

どんぎつねさんへの憧れです。

役職もキャリアも年齢も上の方がかわいい姿になるのは、まさに企画の趣旨通りなんでありがたいです。そしてお次は……。

▲(C)2VVLG

村瀬です。

かわいい!

何のアバターなんですか?

ハニワだそうです。

どうしてそれを。

なんとなくかわいいと思ってつい……。

なるほど。こうやってアバターの姿から相手の人となりを知っていくのも楽しいですね。そしてお次の方どうぞ。

▲(C)bbbbb_himiko

杉本です。

これは一体……?

アバターの名称は「Akyongelion Type-08」だそうです。エヴァンゲリオンをリスペクトしたデザインなのかもしれません。

確かに両腕がそれっぽい。それとなくにじみ出る狂気もとてもいいですね。そして最後が……。

▲(C)vacss

本田です。

本田さん!!??



タイヤだ……。

タイヤだ……。

H◯NDAさん?

本田です。せっかくなら会議を盛り上げようと、現実では絶対になれない姿にしてみました。

素晴らしい心意気です。



なんかアスレチックジム感がすごい。それでは会議を始めましょう、議題はこちらです。

初めてのVR会議、スタート

新しい、福利厚生かぁ。

うーーん。


現実的なところでいくと、いまうちには確定拠出年金がないですよね?

積み立てた年金の一部が60歳とかでもらえるやつでしたっけ?

大企業とかだったらあるけど、あまりやっているところ少ないよね。

長く勤め上げるような会社だとありますけど、人材が流動的に出入りするような業界だとあんまりやっていない印象ですね。

ふむ。逆にそういう意味でみなさんに聞きたいんですけど、いいですか?

はい。

なんでしょう?


みんなはうちの会社で長く勤め上げようっていう感じなの? それともがんばって一発当てたらまた次のところへ行こう、って感じなの?

ぶふっ(吹き出す音)

(かわいい姿でめちゃくちゃぶっこんできた・・・)

それ次第で、確定拠出年金に入るべきかって話も違ってくるじゃないですか。

確かに。

村瀬くんはどんな感じで入って来たの?

自分の場合は……。

▲このあと3人の働き方の展望についてぶっちゃけ話が続きますが

▲けっこうプライベートかつパーソナルな内容なので

▲割愛します

ふんふん、ありがとう。

まとめると、キャリアにおいて「必ずしも一つの会社で勤め上げる必要はない」という流れは、若い世代にありますよね。

そうすると、若手がもっとチャレンジしやすい環境になるのがいいのかなと思っていて。ぼくの前職の会社では、「辞めても30歳までならまた戻って来れる」っていう制度があったんです。外でやってみたいことをやって、「やっぱりあそこが良かったな」と思ったらすぐに帰れる。そんな福利厚生もいいんじゃないかなと。

いいですね。若い頃にたくさんの経験が得られる環境はすごく大事だと思います。

必ずしも社外だけでなく、別の部署に短期間だけ異動できる制度とか。

全然あり。ちょっと他部署でマーケティングを経験してみたい、カスタマーサービスやってみたいとか。杉本くんはこういうのあったらええな、とかあるの?


ある大手企業さんが、社員が博士号を取得するのを支援する制度をやっていたんですよね。博士課程への進学を希望する社員に、学費を補助したり時間の融通を利かせたりするという。

へー、資格補助みたいな?

ですです。全然業務と関係ないことを勉強できてもOKみたいな。外へチャレンジしやすくなるという意味ではかなりいいなと思いました。

▲その後もいろいろな福利厚生の案が飛び交う

子育て系はどうなんですか?

確か出産のお祝い金をいただくとかありましたね。あとは産休とか育休とか、国の制度にのっとって取得できる制度がありますが、他にもあってもいいかもしれない。


ある企業では、育休を6年とっていいところがありましたね。6年あれば小学校入学まで育て上げてから戻って来れるし、企業側もまったく新しい人を採用するリスクよりも、信頼関係があって仕事のこともよくわかっている人にまた働いてもらえる方が遥かにメリットがある。

出産や育児を経て職場に復帰できるかどうかは子育て中の多くの女性がぶつかる問題です。私自身、それが理由で前職から転職してきている経緯がありますし。育休明けの正社員のフルタイム勤務はハードルが高いので、時短勤務にするか、非正規雇用に切り替えるかが主ですが、それ以外の選択肢があるといいですよね。


なるほどね。

正社員なんだけど業務委託的な自由度がある形態とか。

それはほしいですねー。

▲その後も会議は躍り続け……

VR会議、やってみてどうだった?

みなさんおつかれさまでした。傍から見ていたのですが、波の音が聞こえる古民家でキツネ娘やタイヤたちが真剣に福利厚生の話をしている絵面がすごくシュールでした。

でしょうね。

まず初めてVR空間に行ってみた感想はどうでしたか?


私はけっこうゲームをやる方なので、割とすぐコントローラーの操作には慣れましたね。目の前にあるものを掴んで動かしたり、思いのままに動けて楽しかったです。

お互いにアバターに引っ張られる感覚ってみなさんありました?

うーん、自分に関してはどんな姿か見えないですからねぇ。

どちらかというと人が変身しているのを見るほうが楽しかったかもしれない。

VR空間にミラーを設けて自分を見られるようにすれば、けっこう印象も変わってくるんですけどね。

ぼくは逆で、相手に関してはあんまり動揺しなかったかも。相手が村瀬くんだってわかったらそれが村瀬くんだ、ってすぐ受け入れられた。

確かに、思ったよりもアバターに引っ張られないというか。見た目が変わっても普段の関係性のまま話していた気がします。

やっぱり声がそのままですからね。体験時間が短いせいもあったかもしれませんが。


部長がキツネ娘になっていたのはどうだったんでしょう? 序盤にだいぶぶっこんだ質問もありましたが。

これについては状況がちょっと特殊で……。そもそも林さんが常日頃から親しみやすい方なので、アバターになっても「いつもの林さん」として受け入れやすかったんですよね。かなり早い段階でキツネ娘の林さんに適応していた。
うんうん。

そんな部長もいるんですね。

今度は巨人とか、いかつめのアバターにしてみるとまた違うのかなぁ。

林さんはキツネ娘になることには抵抗なかったんですか?

全然なかった。

バ美肉(※)の素質が高い……。
※バ美肉:バーチャル美少女受肉の略で、美少女のアバターをまとうこと。


本田さんはどうでした? タイヤでしたけど。

自分の姿が見えないので、タイヤってことを忘れて真剣に話していたんですよね。

本田さんばかりは、いい意見を言っていても「だけど、タイヤがしゃべってるんだよなぁ」って気になっちゃうんだよね。

同じく。

タイヤだなぁ、と。

そっち側の視点で見たかった。

会議で真剣に意見を通したいなら、ちゃんとした格好はしなくちゃだめなのかもしれませんね。

でもどうですかね、真剣な内容でも、タイヤだからゆるく聞いてもらえたのかもしれないし。

あー、情報が入ってきやすいというメリットはあるかもしれません。


会議の場所はどうでした?

あの沖縄の空間が、本当にゆるい時間が流れていたというか。遠方に小旅行へ行ってその流れでしゃべっているみたいな感覚があってすごくよかったですね。ただのオフィスやオンライン会議ツールで会議するのとは全然違った。

ぼくは目の前に湯呑みとかケーキとかいろんなモノが置いてあって、仮想空間の中でそれを握って離して、と動かせるのが楽しくて。思考の3割くらいそっちに持ってかれていました(笑)


林さんの話を聞きながら触りまくってましたよね(笑)

実は、ぼくはオフィスに行くのがあまり好きじゃないんですよ。ビルに入った瞬間に思考を吸い取られそうな気がするというか、イスに座った瞬間にいつもの日常が始まってしまうというか。


でもVR空間では、沖縄の家で、向こうには海と星空が見えて、さざ波の音や虫の声も聞こえてきて。思考がガラッと変わる感じがあって。いつもと違う受け答えをみんなとできた感じがしました。すごくよかったです。

あれいいですよね、空間変わると思考のスイッチが変わる感じ。

アバターに関しては、話していると外見に慣れてきて、いつも通り接しているのと変わらない感じになってきましたが、空間に関してはかなり影響を受けたかもしれません。

見えるものに左右されるという意味では、私もアバターより空間の方が大きいかもしれません。

なるほどー、アバターの効果に期待して企画した分、空間の方に感動されているのは面白い発見でした。


最後に、ビジネスにおいてVR会議に可能性は感じましたか?

使いどころによるかなと。Zoom飲みの延長線上で、真剣な話をこういうVR空間でやると、まったりしながら正直な話ができていいかもしれませんね。

あと大人数だと、オンライン会議ツールよりもVRのほうがいいかも。今回のVRChatなら相手に近づくと声が大きく、離れると小さくと現実に近い聞こえ方をするので、飲み会とかに向いていると思いました。

そうですね、立食パーティーとか。


オンライン会議ツールだとしゃべる人としゃべらない人が明確になっちゃいますが、VRだとその境がゆるくなるように感じました。発言しやすかったです。

実は今日、本田さんとリアルの場で会うのが初めてだったんですけど。最初VRChat上で操作に慣れるために一緒に動き回ったんですが、すぐに打ち解け合えていいアイスブレイクになりました。ゴーグルを外した後も、今こうして現実で話しているのとVR空間も大差がないので、相手との距離を縮めるツールにもよさそうです。

採用説明会をVR空間でやるのもいいかもしれませんね。


なるほど、初回でいろいろと可能性も感じてもらえたみたいで何よりです。長時間ゴーグルを着けて大変だったと思いますが、みなさんおつかれさまでした!
ありがとうございました!!!
お互いにアバターで変身したらフラットな意見交換ができるのでは? と思って実施したVR会議。それ以上に「いつもと違う空間にいることで思考モードが切り替わる」という意見が多く、大いに実りある体験となりました。
VRゴーグルがさらに手に入りやすい値段になれば、いまのオンライン会議のように気軽にVR会議が行われる日常が来るかもしれません。そんなとき、夜の沖縄の民家で起こったカオスな4人組のことを、ひっそり思い出していただけると幸いです。

▲東京の会議室から、みんなで見上げた沖縄の星空を、私たちは忘れない……。