仕事をしているとどうしても発生する、「体や心の調子がなかなか整わない」「なんだか今日は仕事が手に付かない」という状態。
気の進まないメールの返信をしなくてはならない、どう進めていいかわからない作業をやらなくてはならない、体調不良ではないのになんとなく調子が出ない……。理由やシチュエーションはさまざまですが、「とにかく仕事から逃げたくなってしまう」という気持ちは誰もが経験しているのではないでしょうか。
そのような仕事に立ち向かうためには、どのような対策をとっておけばいいのでしょう。今回は研究者でありつつライフハックブロガーとしても活躍する堀正岳さんにお話を伺い、困難な仕事を片付けるためのコツをお聞きしました。果たして、「やりたくない仕事」を倒す方法はあるのでしょうか?
堀 正岳(ほり まさたけ)さん
「人生を変える小さな習慣」としての仕事術「ライフハック」を紹介するブログ「Lifehacking.jp」管理人で、同ブログで2011年アルファブロガー・アワード受賞。本業は北極の気候変動を研究する気候学・気象学者。著書に『できるポケット 定番アプリ超活用術 テレワーク全辞典』(インプレス)、『仕事と自分を変える「リスト」の魔法』(KADOKAWA)、『知的生活の設計 ー「10年後の自分」を支える83の戦略』など多数。Lifehacking.jp:https://lifehacking.jp/
自分の疲れは、自分ではなかなか気付けない
——今回は「なぜだか仕事が手に付かない状態」についてお聞きしたいと思っています。例えば「大変な仕事は脳のエネルギーが十分な午前中に片付けた方がいい」というお仕事のコツをよく耳にしますが、これは実際のところどうなのでしょう?
堀さん:そうですね……。例えば、夜型だった人が朝に何かやろうとしても頭が動かないことはあるでしょうし、逆に朝型の人が一番エネルギーのある時間帯をメールの返信にあててしまうとすごく損ですよね。なので「人による」としか言えないのです。
——確かに。「昼から夕方にかけて、ゆっくりエンジンをかけていく」という方も少なくないでしょうし。
堀さん:ですので、まずはビジネス書のいう「エネルギーが必要とされる、創造的な仕事」とは一体なんなのかを把握した方がいいと思います。創造的と言われるとちょっとわかりづらいですが、要は「手順が決まっていなくて、解決方法を考えながら進めなくてはいけない仕事」のことなんですよ。
こういった作業は、間違いなくエネルギーがあるタイミングにやった方がいいです。逆に、手順が決まっているなど、どう進めればいいかがわかっている仕事は、エネルギーが切れ気味の時に回してもいいと思います。
——となると、「自分のエネルギーの有無」を管理するのが大事になりますね。
堀さん:そうなんですよ。自分の頭がよく働くタイミングを知っておくのは重要です。とはいえこれも、「朝から夕方にかけて落ち着いてく」というような単純な仕組みでないのが難しいところで。
毎日決まった生活を送っているなら簡単に把握できそうですが、人によっては一週間とか10日間くらいの周期でバイオリズムが変化することもあるじゃないですか。だから、何かの指標を用いて自分の状態をモニタリングして、客観的に自分のエネルギーがどれくらいあるか把握した方がいいと思います。
——ちなみに、堀さんはどんな方法で「自分のエネルギーの管理」をされているのでしょう。
堀さん:私はいつも、手帳に毎日の日記や個人的に思ったことを書き取るというのを習慣にしています。調子がいい時は1日に4〜5ページくらい書けるんですが、エネルギーが低い時はぜんぜん書けないんです。これが3日くらい続いていることに気づくと、「ああこれはダメな時期なんだ」ということがわかる。
堀さん:自分の疲れには自分ではなかなか気付けないものなんですよ。ポイントは、自分の感覚を信用せず、できれば記録に残して検証できるようなものを判断基準にすることです。人によっては「ToDoリストを書いても内容に具体性がない」「仕事について何か考えるときに、ネガティブな言葉が増える」「会話しても他罰的な言葉が増える」みたいなこともあると思います。
——では、「これはダメだ」というのがわかったときに堀さんはどうしていますか?
堀さん:そういう時は、もう普通にダメになっています(笑)。どうしてもダメな時というのは絶対に存在しますし、3~4日何にもできないときも普通にありますよ。
だからこれ以降の話は、「こういった問題への対処に関して、私が人より優れている」というわけではないということを念頭に置いてもらいたいな、と。
——方法をいろいろ身につけてもダメなときはダメ……。なんだかちょっと安心した気がします。
手がつけられない作業は「なぜ難しいのか」を考えよう
——堀さんも苦労されているとのことですが、そんな「ダメなとき」でも仕事を進めるためには、どういう方法を取るといいのでしょう?
堀さん:割とどんな場面でも使えるなと思っているのが、「2分ルール」でしょうか。ライフハック界隈でも昔から読まれているデビッド・アレンさんの『ストレスフリーの仕事術 ―仕事と人生をコントロールする52の法則』(二見書房)にも掲載されていたテクニックで、「2分で片付くものは、その場でノールックでやってしまえ」というものです。
例えば返事を書かなくてはならないメールが来ていて、「これなら2分以内に返事が書けるな」と思ったら、そのときの状況に関係なく一気にやってしまう、ということですね。
——嫌だろうが疲れていようが、「すぐにできる作業はこの場でやってしまえ」、と。
堀さん:「自分の心と作業の内容」を切り離すことができるのが、ちょうど2分間なのだと思います。手をつければ意外にできてしまうし、ひとまず手をつければ進行がゼロではなくなるので、それが調子を取り戻すきっかけにもなる。「これはできた」という勇気をタネにして、次の作業へのやる気も確保する……ということですね。
これがなんでうまくいくかというと、「2分あれば終わる」と判断できる作業は、何をどうすればいいか、段取りが大体わかっている、ということなんです。
堀さん:メンタルがやられている時って、「読みました、いただいた内容でOKです、ありがとうございました」の2行ですむメールが書けない。それを「とりあえず今は2分ルールを適用しているから」ということで乗り越えて、心を切り離して機械的にやってしまう。これは調子を取り戻すためにはけっこう使えますね。
——では、「2分間で終わらない」作業をやらなくてはならない場合だと、使えるテクニックはあるのでしょうか?
堀さん:そういった難しいタスクについては、まずはそれがどのようなもので、「なぜできないのか」を考えることが大事でしょうね。難しさにも色々あって、それに対する対応もそれぞれだと思います。
例えば「自分で考えれば解決すること」なのか、「相手がいるから自分だけで考えても解決しない」のか、「他人に迷惑をかけるかも、というプレッシャーからできない」のか。この難しさの種類と、今は元気なのかそうでないかなど、自分の状態を組み合わせて判断することが必要になります。
——まずは、「なぜ難しいのか」を考えるわけですね。
堀さん:どうすればいいかわからない仕事というのは、大概、やることが曖昧なんですよね。ToDoリストでタスクを整理していても「A社の案件を検討する」みたいな感じで、具体的なことが何も書けない。
今どうすればいいのかわからない仕事は、とりあえず何から手を付ければいいか、とにかく考えたことを書き出してみる。頭の中のものが外に出ないと人間は判断がつかないので、私は手元に置いてあるリーガルパッドに書き出したり、EvernoteやNotionに資料や考えを貼り込んでいったりしています。
——まずは曖昧さを排して、できるだけ具体的にする、と。
堀さん:難しいのは、自分の作業に他人が関わる場合です。具体化するにも他人が介在する部分は曖昧にならざるを得ないので、自分の方が手を動かすアクションはできる限り明確にしつつ、議論をして決める必要があるところは「自分の方ではここがわからない」というところをはっきりさせる。それを相手にぶつけて、その返事次第で折り合いをつけるということになります。
実際にはここに時間という要素が入ってくるので、なかなか理想通りにはいきませんが……ToDoと自分のアクションの具体化自体は有効です。曖昧さや具体性のなさには向き合いたくないものですし、そこに「恐怖」が隠れているんです。
「仕事に対する恐怖」も停滞やパニックの原因に
——仕事に感じる「恐怖」ですか。
堀さん:大変な仕事でもやることが具体化できれば、自分で手を動かしたり、人に相談したりと、進める方法は見つかります。でも、一番怖いのが恐怖に負けている状態。仕事に対するプレッシャーとか、うまくいかないのではという恐怖を感じているときは、やるべきことがわかっていても手を動かせなくなってしまうんですよ。
この時は対処も何もできなくて、私だったらツイッターを延々と見ている状態になっていますね。
——あぁ……。それは自分もよくありますね……。
堀さん:この「延々とツイッターを見てしまう現象」は、海外では「ドゥームスクローリング」と呼ばれています。コロナ感染症が広がり始めの頃にできたスラングで、自分にできることが何かあるわけではないのに、感染症に関するニュースとそれに対する他の人のリアクションをつい見てしまう。恐怖と絶望に襲われたままひたすらページをスクロールしてしまう状態ですね。
堀さん:仕事に対する恐怖のあまりWebページを見たり関係ないことをしたりというのは言ってみればこれととても近い状態で、どこかに不安な気持ちがあるんです。「今、自分はドゥームスクローリングしているな」と気づいた時点で一旦リセットする必要があります。
強い人や頭のいい人がこうならないかと言ったらそんなことはないし、ハマる時は誰でもハマる。気づいたところで対処するしかありません。
——とにかく、言葉ができるくらい「誰でもそういうことはあるぞ」ということですね。
堀さん:そうですね。他にも、最近日本でも認知されてきた言葉で「ベッドタイム・プロクラスティネーション(bedtime procrastination)」、つまり「リベンジ夜ふかし(※)」というものもあります。そんなことをしたところで結局不利になるのは自分だとわかっているけど、それでも自分の心を守るためにやってしまうんです。
こういう行動をとっていると気づいた時には、いったん自分を元のレールに戻すための作業が必要かなと思います。恐怖に対しては自分のエネルギーが満ちた状態でないと対処できないんです。
「仕事が進まない=自分の価値がない」なんてことは、ない
——メンタルと疲労の問題は、やはり複雑なんですね。
堀さん:難しいのが、メンタルの不調と仕事での調子の悪さというのは、関係がある時もあればない時もあるという点なんですよね。
メンタルがやられているせいで仕事が全く手につかない時もあれば、メンタルがダメでも機械的な作業ができてしまう日もある。そこを把握するために、「今はこれならできるけどこれはできない」という判断ができるような、一歩引いたところから自分を見る目線はあっていいと思います。
一番良くないのは、「今メンタル的に追い込まれているわけでもないのに、こんな簡単なことができないのはダメなんじゃないのか」と自分を責めることです。メンタルと体の疲れは別物ですが、連動しやすいものでもあります。だからこそ連動させないことが大事なんですよ。
どちらも調子が悪くなりそうだったら、その日の作業は一旦中止して今日は終了するのも必要。超人になれるわけではないですし、どんな時でも調子がいい人というのは存在しませんから。
——そのためにも、自分の調子の良し悪しを客観的に把握して、2分ルールなどの方策を取り入れる必要があるわけですね。
堀さん:そうです。人間って、1日寝たら気分が変わったりとか、とにかく曖昧にできているんです。自分の気持ちの状態というのは、「頭の中で起きている」出来事。なので、頭で考えていたのでは、その状態がうまくつかめないないんですよ。
曖昧なものに対しても、具体的に「じゃあ2分だけやってみよう」みたいな形で対処すると、曖昧なものから返事が返ってくる。これはできるなということなら10分に伸ばすとか、そういう対応ができるんです。ライフハックが、曖昧な問題に対して答えを与えてくれるということはありますね。
——ぼんやりした問題になんとか取り組むための糸口がライフハックなわけですね。
堀さん:やりたくない仕事、心理的負荷の高い仕事というのは、パニックの入り口になりがちなんです。そこに陥らないよう休むことも含めてテクニックを駆使して可視化して、自分のストレスを下げるための方策をとる。それに対して罪悪感を持たないでほしいんです。それで結果的に仕事もできて他の人のメリットにもなるならそれが最善。
この記事が掲載されている「なるモ」は、広義の「働き方のメディア」と聞いているのですが……こういった記事を読んでいる人に、不真面目な人はいないんですよ(笑)。
ここに来ている時点でちゃんとしたいと思っている人が大半でしょうし、そう思っているだけで相当すごいことです。だから、ちゃんとできていないのは悪いことではない。だけど、そこから抜け出すためのテクニックは、自分をよく観察して色々と用意しておこう……というのを、常々考えてやっていけるといいですね。
文:しげる イラスト:かざまりさ 編集:伊藤 駿/ノオト、本田・木崎/なるモ編集部