生活に欠かせないスマートフォン。ですがその一方で、仕事中、休み時間、プライベートと、いつどこでもスマートフォンを意味なく触り続けてしまう「スマホ依存」も問題になっています。
そんな中、スマホ依存を脱却する方法としてたびたび話題に上がるのが、スマホの画面を白と黒とその中間色である灰色のみで表現する「グレースケール」機能です。
果たして、グレースケールはスマホ依存に対して本当に効果があるのでしょうか。そもそも「色彩」は人間の心理にどう影響を与えているのだろう……?色が私たちに与える影響について、色彩心理学を使ったコンサルティングなどを行なう、ポーポー・ポロダクションさんに教えていただきます。
ポーポー・ポロダクション
心理学研究者で心理学をビジネスで活用する心理コンサルティングを行う企画事務所。人の心を動かせるようなおもしろくて良質なものを作ることをポリシーに、遊び心を大事にした心理学を活用したコンテンツ作りや問題改善のお手伝いをしている。代表書籍は『マンガでわかる行動経済学』、『マンガでわかる心理学』、『色と性格の心理学』など。
「スマホ画面をグレースケールにする」のには効果があるの?
——早速ですが、「スマホ画面の色をなくすグレースケールがスマホ依存に効果的」という話を聞いたことがあるのですが、これは本当なのでしょうか。
ポーポー・ポロダクション:スマホの画面をグレースケールに設定すると、色からの強い刺激を受けにくくなるので、依存性が減る可能性はあります。
そもそも依存性というのは、楽しいときや目標を達成したときに脳が活性化する「ドーパミン」という神経伝達物質と深い関係があります。脳にとっての報酬であるドーパミンを得ると同時に、カラフルな色の刺激を受けると、「カラフルなものを見る=報酬を得られる」と脳が学習します。そうすることで報酬系のサイクルができあがり、色をたくさん見られるスマホの画面に依存してしまうんですね。
ですから、その色部分をスマホからカットしてしまえば、色の刺激と報酬が結びつかなくなるので、報酬系サイクルが弱まります。
——なるほど。実は私はグレースケールを導入したことがあるんですけど、味気なく感じて長続きせず……。すぐ色ありに戻してしまったんです。自分の意志の弱さに嫌になっちゃったのですが、それも脳が報酬を得られないことに耐えられなかったからなのでしょうか。
ポーポー・ポロダクション:耐えられないのも当たり前の話で。すでにみなさんは、色の刺激を知っていますよね。ですので当然、その刺激がなくなればつまらないと感じる。グレースケールの画面で満足するのは難しいんです。
——では例えば、日頃からスマホをグレースケールに設定して、がんばって耐えて脳を慣らしておけば、スマホ依存や色の報酬系サイクルは抑えられるのでしょうか?
ポーポー・ポロダクション:単純にグレースケールにしたらスマホ依存が抑えられるのかというと、実はそうでもないんです。私たち人間って、突然色のない世界に行ってしまうと、逆に疲れちゃうんです。
——確かに、「グレースケールにしたけど余計に疲れてしまった」という声も聞いたことがあります。色が少ないから入ってくる刺激は少ないはずなのに、なぜでしょう?
ポーポー・ポロダクション:例えばモノクロ写真のバナナを見た時、私たちの頭の中では、無意識にバナナに色をつけて、「黄色いバナナ」として認識しているのです。
——失われた色を脳が勝手に補完するんだ。それは疲れるはずです。
ポーポー・ポロダクション:派手な色をたくさん目に入れると疲れますが、かといって色が一切ないのも脳が働いてしまって疲れます。こうした極端な世界にするのではなく、自然な色彩にしたり、色数を抑えたりする方が脳には優しいんですよ。
——グレースケールにすればスマホの利用時間は減るかもしれないけど、続けるのは難しいし、利用中は脳が疲れてしまうので注意が必要、ということですね。
色の影響は日常の中にもこんなにある!
ポーポー・ポロダクション:私たちは、日頃から無意識のうちに色の影響を受けています。そんな色の心理効果は大きく分けて3つ。
まず、「色は感情に影響を与える」のです。
2008年、米ロチェスター大学の心理学者、アンドリュー・エリオット教授らの研究で、色には人の魅力を左右する力があることがわかりました。女性の写真の背景を赤、青、グレー、白などにして、どの色が女性の魅力に影響を与えるかを実験したのです。
ポーポー・ポロダクション:実験は「一番女性の魅力度が上がるのは、背景を赤にした場合」という結果になりました。この結果から、赤は女性の魅力を上げる色「ロマンティックレッド」といわれています。
——すごい! 色にそんな効果があったとは。個人的に、赤背景には親しみやすさや快活な印象を受けます。
ポーポー・ポロダクション:次に、「色は感覚を麻痺させる・判断に影響与える」。色は感覚をも変えてしまうんです。
オーストラリアのフェデレーション大学とイギリスのオックスフォード大学の共同研究により、マグカップの色によって苦味と甘みの感じ方が変わることが明らかになりました。
カフェラテを透明、白、青などのマグカップで飲んだ場合、白のマグカップで飲んだ場合が1番濃さを感じたという結果が出たんです。器の色で味の感じ方が変わったと証明されました。
はっきりとしたメカニズムはわかっていませんが、コーヒーの黒や茶色が一番強調されるのが白だったから、コントラスト効果で強く濃さを感じたのではないかと考えています。同じ研究の中で、白いお皿でイチゴムースを提供すると、黒いお皿の時よりも10%甘く、15%味が良いと感じたという結果も出ています。
——色は自分の味覚さえ変えてしまうのか……。言葉通り、料理は目で見て楽しめるものなのですね。
ポーポー・ポロダクション:最後は、「色は体そのものに影響与える」です。
食べ物を青色にすると食欲が減退する、というのは有名な話ですが、青は「好記録が出やすい色」ともいわれています。
——好記録が出やすい?どういうことでしょうか。
ポーポー・ポロダクション:青は集中力を上げる色であり、競技者が集中しやすくなると考えられています。ですので、現在は陸上競技場のトラックや、野球のグローブなどのカラーリングに取り入れられ始めました。青いトラック上で走ると、視線がブレずに安定して高記録につながったり、野球で青のミットを使うと投手のコントロールが良くなったりするともいわれています。
このように、スポーツの世界では色の力をうまく使って記録を伸ばしたりとか、集中力を高めたりといった流れが進んでいるのです。
ポーポー・ポロダクション:という感じで、色は人の心に影響を与えたり、感覚を変えたり、体自体に影響を与えちゃうこともあるんです。色にはこういった働きがあると知っておくだけでも、うまく色と付き合っていくヒントになるでしょう。
色に振り回されず、うまく付き合っていく方法とは
——振り回されるだけじゃなく、うまく色を使えるようになりたいです。なにかおすすめの方法はありませんか?
ポーポー・ポロダクション:例えば、スマホ依存の自覚がある人は、スマホケースをあえて自分の好きな色ではない色にしてみるとか。ケースを自分の好きな色にすると、より手に取りやすくなってしまうこともありますからね。
——好きな色を身につけることが、余計に依存性を助長してしまう可能性もあるんですね。
ポーポー・ポロダクション:例えば茶色いケースにして、茶色い机の上に置いておけば同化してスマホを意識しにくくなりますよね。そういう、スマホを意識しないでスマホから離れやすくなる工夫です。誰でも依存しなくなるというわけではなく、少し離れるヒントになるのではないかと。
——色の与える影響を考えて、自分に合ったうまい付き合い方を工夫する感じですね。
ポーポー・ポロダクション:色の持つ力を理解して「気を付けよう」と意識するだけでも、色との付き合い方は変えられます。冒頭で説明したドーパミンと報酬系サイクルの話とも繋がりますが、色の刺激は達成感や楽しい気分といった、興奮を引き起こす要素になりやすいんです。
——もしかして、ソーシャルゲームの最高レアの演出って、派手でカラフルでいわゆる「虹演出」とか呼ばれますけどそういうものも……。
ポーポー・ポロダクション:実は、虹色自体に快楽を引き起こす力や、興奮させるような効果があるとは考えられていません。ただ、日本ではどうやら、虹色は「特別感」「最強」を表すものだと認識されているようなのです。
——では、もともと文化背景として「虹=特別」であると学習してきた人たちが、虹色を見ると余計に高揚してしまうわけですね……! ここでも色に踊らされていました。
ポーポー・ポロダクション:ゲームはもちろん、ギャンブルでも色は深く関わっています。例えば競馬だったら、馬それぞれに割り当てられる枠の色。パチンコだったら、この回転が当たるか当たらないかと示唆する保留の色など、色は重要な役割を果たしています。日常生活のなかで、実は演出道具としてすごく機能しているんです。
——色をうまく使った例は日常の中にあふれているんですね。なんだか、色がちょっと怖くなってきました……(笑)。
ポーポー・ポロダクション:ひとつ、色を使った簡単なお役立ち方法をお話ししましょう。これは効く! と思ったのは、洋服の色を変えること。例えば、締め切りが迫っていてギリギリまで作業したい、そして終わったら、できるだけすぐにパッと寝たい時などはありませんか。そういった時は、赤いTシャツを着て作業して、終わったら青いTシャツに着替えてすぐ寝る。これは効果を感じました。
——色の力をTシャツでうまく使うんですね。Tシャツは取り入れやすそうです。
ポーポー・ポロダクション:色の効果を感じやすいかは個人差があるので、良く効く人とそうでない人はもちろんいます。あとは、照明の色も作業時は蛍光灯で、寝るときは間接照明で、と変えてみるのも有効です。私はこの方法で、気持ちの切り替えがうまく働きました。
色に振り回されず、うまく利用できるために
身近にあふれているからこそ、あまり意識をしていなかった色。そんな色の影響が、想像よりも強いことに少し怖くなりました。ですが、うまく色の効果を使えれば、自分のためになる力を発揮できることも知りました。
ポーポー・ポロダクションさんは最後に「青は鎮静、赤は興奮といった色の持つ作用を使う前に、まずは自分の好きな色を使ってほしい」と話します。例えば、集中できるからとスポット的に青を使うのは効果的だけど、だからといって部屋全体を青にすると寒々しくなってしまう。そうした色の作用を理解して使うことは大事としつつも、デスク周りやデスクトップ、ブラウザのカラーなどの目にする機会が多い場所は、自分が心地よいと思う色を使うと、精神衛生上にも良いということでした。
色の与える影響について話を伺えたおかげで、周りの色やその効果についてとても興味が出てきました! 身近なものだからこそ、意外と意識できていない色の効果。今後はカラフルなものに踊らされることなく、うまいこと付き合っていきます!
取材・文:井口エリ イラスト・アイキャッチ:pum 編集:木崎・稗田/なるモ編集部、中込有紀/ノオト