「文書よりも動画がわかりやすい」は本当? 言語脳科学から説明資料の作り方を考える

スマートフォンや各種配信サービスの普及によって、近年身近なものになっている動画メディア。料理のレシピやゲームの攻略方法、道具やアプリケーションの使用方法の解説など、「何かを説明する」という場面で動画が使用されることも増えました。

一方で、従来通りの「テキストでの説明」も、まだまだ現役です。何かを説明される際に動画の方がわかりやすいか、あるいはテキストの方が飲み込みやすいかは状況や人によっても意見が割れることが多く、SNSなどでも度々議論の的となっています。

顧客へ商品やサービスの概要を解説する、社内システムの使い方を社員に伝える、クライアントへ企画をプレゼンする……ビジネスの現場でも「説明」が求められる場面はなかなか多いもの。では、動画がこれだけ身近になった現在、果たしてビジネスでの説明に関しても、動画とテキストではそれぞれどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。

言語機能に関する脳科学研究の第一人者である、東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉先生に、脳科学の観点から動画とテキストそれぞれの強み、そしてそれらの説明を記憶するための、人間の脳の仕組みを伺ってみました。

酒井邦嘉先生

▲酒井邦嘉先生(オンラインで取材)

酒井 邦嘉(さかい くによし)先生 プロフィール

1964年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大大学院理学系研究科博士課程修了後、ハーバード大学医学部リサーチフェロー、マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て、97年より東京大学大学院総合文化研究科助教授・准教授、12年より現職。専門は言語脳科学と脳機能イメージング。著書に『脳を創る読書』(実業之日本社)『チョムスキーと言語脳科学』(インターナショナル新書)『勉強しないで身につく英語』(PHP研究所)など。

「テキストと動画どちらが優れているか」という単純な議論は成立しない

―まずそもそも前提として、「動画とテキストのどちらが優れているか」という議論は成り立つものなのでしょうか?

酒井先生:「一般論としてどちらが優れているか」という議論はあまり意味がないでしょう。「どういう目的で」「何を伝えたくて」「どういう人が受け取るのか」など、何か具体的な条件を挙げないと水掛論になりますね。そういった条件の設定があってこそ、よりよい方法を見つけることができる、というのが前提です。

それ以外にも、説明の正確さとわかりやすさ、そのどちらを重視するかで答えが変わってきます。報道やドキュメンタリーのようなものであれば事実を曲げることは倫理的に許されませんが、例えば商品のコマーシャルであれば多少情報をデフォルメしてでも客に気付いてもらうことが大事かもしれません。少なくとも対象を絞らないと、「テキストか動画か」という単純な議論は成り立ちません。

―それはそうですよね……。では、テキストと動画で、それぞれの特徴はどのような部分にあるとお考えですか?

酒井先生:両者は、情報量が大きく異なります。テキストというのは情報が必要最低限に削ぎ落とされていて、デジタル化すればバイト数として最少です。それを我々が読むときは、黙読であっても頭の中で音に変換して、音声情報として取り込むわけです。

そういう意味ではテキストより、音声の方が情報量が豊富といえます。同じ内容のメッセージでも、メールではなく電話で聞けば「この人は風邪気味なのかな」というような背景の情報も同時に得られますよね。

―映像になると、さらに情報量が増えるわけですね。

酒井先生:映像では背景の情報量が爆発的に増えます。ただ、受け手がそこまでの情報を必要としているかが問題です。

例えば、ある小説を映画化した場合、登場人物を俳優が演じることで情報過多になってしまったり、イメージと違っていたりといったことが起きます。映像では情報が多くなり過ぎて、受け手が持つ想像の余地を規定し過ぎてしまうのです。キャスティングや演出がうまく行くと、原作の世界観が深まる可能性もありますが。

テキストであればイマジネーションの部分は読者にすべて任されていますから、その自由度は非常に高いわけです。ですから、ビジネスの場面で映像の強みが成果やわかりやすさに繋がるかと言ったら、必ずしもそうではありません。

―単純に情報量が多ければいいというものでもない、と。

酒井先生:「写真は引き算」と言われるように、余分な情報をそぎ落として受け手の想像力に委ねた方が、かえってインパクトが大きくなることもあるのです。

テレビCMやウェブ広告では、心理学や認知科学の効果を応用すれば、受け手の興味や注意を直接的に引く映像が簡単に作れるでしょう。しかし各社が同じようにやり出したら、どんどん刺激が強くなり過ぎるわけで、かえって注意を引かなくなってしまいます。大音響と目まぐるしい動画が延々と連続する中で、静かな静止画のようなCMの方が逆に印象に残ったりするものなのです。

一続きの映像の中でも、何を強調したいのか、それを大きな流れの中にどのように位置づけたらよいか、といった意図がはっきりしないと、ただ情報を雑然と詰め込んだだけで結局目立たなくなってしまいます。

ただし、テキストはテキストで、情報が限られていることが禍(わざわい)して誤解を招くことがあります。

ーどういうことでしょうか。

酒井先生:例えば「みにくいあひるの子」とテキストで書いてあっても、実は意味が二通りあります。「あひるの子がみにくい」のか、それとも「みにくいあひるが産んだ子」なのか、という曖昧性があり、受け手によっては誤解が発生します。

テキストの構造的曖昧性

▲酒井先生の資料をもとに、なるモ編集部で作成

これは3つの単語をどのような順番で結びつけるか、という「構造の二重性」があるわけで、文字表記では両者の区別がつかないのです。

同じような例として、「土曜と日曜の午後」と書いてあったらいかがでしょうか。「土曜日丸一日に加えて日曜の午後」なのか、「土曜と日曜それぞれの午後」を指すのか。しかし声に出してみると、両者の違いがはっきりするでしょう。

正確に物事を伝えようとするとき、テキストだけでは情報が不足することもある一方で、動画では情報が多すぎて肝心な部分が伝わらないという危険性があります。これは相手が背景の情報をどれだけ共有しているかで大きく左右されますから、テキストと動画の効果は一長一短だと思います。

「サービス導入事例の説明」は、テキストの方が有利?

―ビジネスで説明資料を作るとき「これは動画にした方がいいのか、それともテキストの方がわかりやすいのか」という悩みが発生する場面があります。例えば「サービスを導入した結果、こういったメリットがあった」といった自社サービス・製品の活用事例を紹介したい際は、どちらの方が向いていると思いますか?

酒井先生:まず、その情報をどのような人が見るのかを想定することが大事だと思います。例えば次のサイトでは、訴求したいサービスに対して多様な分野のユーザーが想定されているので、閲覧者が自分と似たような事例をすぐに見つけられるようなメディア形式、見せ方にするとよいでしょう。

導入事例記事が並んでいる様子

▲導入事例記事が並んでいる様子(アイキューブドシステムズ公式サイトより)

サイトには現時点ではテキストの事例紹介記事がいくつも並んでいますが、もしこれをすべて映像インタビューにしてしまうと、その人がピンポイントで知りたい情報にたどり着くまで1つ1つ再生しなくてはいけません。映像の場合はできるだけインデックスを付けるか、小分けして独立して見られるようにしないと、テキストより相当長い時間がかかってしまいます。

―確かに、動画の方が冗長になってしまう、ということはあり得ますね。

酒井先生:映像のように情報量の多いコンテンツは、制作者の意図以上に受け手の必要性を吟味することが大切なのです。そうしないと、受け手は無用な時間を費やすことになってしまいます。

コロナ禍を経た昨今では、講義の欠席者からオンデマンド映像の提供を求められることがあります。ただし、時間が貴重だといって倍速で視聴するようでは、実際の講義の代わりにはならないでしょう。肝心なところが見落とされてしまうかもしれません。

そこで、動画であっても重要な点は、プレゼン用のスライドを写したり、テロップを入れたりして、テキストとして示す方が効果的だと言えます。テキストは一瞬表示するだけでも読めるかもしれませんが、視聴者にその意味を考えて咀嚼(そしゃく)してもらうためにも、ある程度の提示時間が必要です。導入事例を動画で示すなら、例えば「○○に役立った導入例」といったテロップを入れ続けるのも効果的だと思います。早送りにして見ても、それが内容の手がかりになります。

動画で訴求力を上げる別の方法として、「10秒で全てわかりますから、10秒だけ見てください!」という集中型もあり得ます。発信する側も本腰を入れてキャッチコピーを練ることになるでしょう。

―テキストで訴求力をあげるにはどんな方法があるでしょうか?

酒井先生:要点に自然と目を留めてもらえるよう、脳の選択的注意に訴えるデザインが有効です。脳には目に映る膨大な情報の中から瞬時に選び出して、その対象に対して注意を集中させる機能があります。

例えば新聞の紙面は非常に広いですが、見出しの大きさや組み方をうまくデザインすることで、重要なニュースや新聞社が読ませたいと思う記事がポップアウトして、目を引くようになっています。WEBの場合はフォントの大きさや組み方のフォーマットが固定されがちです。受け手の注意をいかに絞り込むか、効果測定も重ねながらデザインをするのが有効でしょう。

動画は注意喚起に効果的 「強調したいこと」を的確に伝える工夫を

―では、サービスや商品の使い方の説明についてはどうでしょうか。例えば、アイキューブドシステムズのサイトにはすでに自社システム紹介の動画があるんですが……。

▲アイキューブドシステムズ「CLOMO」シリーズ紹介動画

酒井先生:(動画を見て)すでにシステムについて知識のある人ですと、この動画は冗長に感じられるでしょう。マウスポインターの動きやクリックまで見る必要はなく、テキストなら流れを確認して、必要なところだけじっくり読めばよいので、慣れている人ならその方が早いでしょうね。もし映像を使うなら、注意喚起を目的にしたものだと効果的です。

―どういうことでしょうか?

酒井先生:運転免許証の更新時にビデオ教習が義務づけられているでしょう。例えば事故現場の再現映像によって、視野の周辺で見落としがちな情報に注意を向ける必要性がよくわかると思います。映像は情報量が多いので、工夫次第で「強調したいこと」を的確に伝えることができます。

私は手品(クロースアップマジック)が好きなんですが、昔は手順の解説といえば、テキストと限られた写真しかありませんでした。今や動画による説明が主流となり、術者と客の視点の切り替えや、スロー再生なども自在です。それでも、タイミングの妙や脱力のポイントなどに、どうしても説明しきれない部分が残ります。映像でわかった気になるより、テキストという限られた情報から想像力がかき立てられて、自分なりのコツを会得する方が大切だと言えます。

このようにテキストには常に想像の余地があるので、クリエイティブな能力を育てるのに向いてます。その一方で、規則に従って指示通りに行うことの説明には動画の方が向いていると言えるでしょう。

―では、社内システムの説明などには、両者をどのように使い分けたらよいでしょうか。

酒井先生:テキストで全体の流れがつかめるようにしておいて、正確な手順には映像を併用する形がいいのではないでしょうか。動画を見ても頭に入ってこなければ効果がないですから、映像で特に重要な点には注意喚起をすべきですね。人間は、繰り返しの刺激にすぐ慣れてしまいます。

―また、なるモ編集部で挙がったのが、企業のコーポレートブランドなどの説明は動画とテキストのどちらがいいのか、という疑問です。社長のメッセージや、企業理念の説明はどちらがより伝わりやすいんでしょうか?

酒井先生:「人柄」といった付加的な情報は、テキストには乗せづらいですね。社長自らが語ることで、その表情や声の抑揚から「いかに魂を込めているか」がリアルに伝わることでしょう。メッセージの内容が同じでも、談話の映像を出した方が伝わりやすいということはあるものです。

脳は“豊富な体験”と紐づけられた記憶を保持する

―ビジネスに限らず、同じ内容を説明するにも動画とテキストのどちらをわかりやすいと感じるか、人によって違うことがよくあります。こういった差は、どこから発生するのでしょうか?

酒井先生:まず世代によって触れてきたメディアの違いがあると思います。テキストから映像への変化もそうですが、テレビ世代からネットを前提とした世代に移ることで、動画に対する考え方も大きく変化しました。

かつては、自分の書いた文章を世に問おうとしても自費出版は簡単なことではなく、配布範囲も限られていました。テレビ世代では、「動画はテレビで見るもの、それ以外の情報はすべてテキストで」という棲み分けがありましたし、動画を自分で撮るためのハードルが高く、映像自体が貴重なものでした。録画が気軽にできるようになるまでは、テレビの視聴も一期一会だったわけです。

それが今の世代では、テキストも動画も最初からネットで検索できますし、基本的に何でも自由に発信できる環境にあります。もはや棲み分けがなく、情報の価値も一律ではなくなりました。情報の質についても、実に玉石混淆です。

―どういうメディア環境で育ったかという、世代差の部分が大きいと。

酒井先生:それに加えて、テキストか動画かという選択肢は、時代の動向にも左右されるでしょう。生活スタイルや価値観も多様化していますから、再びテキストが主流の時代に戻るかもしれません。

テキストのブログが今度はVlogとなりつつあるように、動画による発信が加速していくでしょう。しかし、そうした情報が過多の状態とは一線を画し、あえて遮断する術を身につけないと、何も考える間もないまま流されるだけになってしまいます。

―なるほど。動画がトレンドであり、情報がますます肥大化している今、気をつけるべきことは何でしょうか。

酒井先生:紙のメディアが「動かないからつまらない」と判断を下されてしまうようではいけません。写真が映画に劣るとか、マンガがアニメに劣るなどということは決してないのです。それは、表現の形式の違いに過ぎないわけですから。

そうした形式に囚われない価値判断をできるようになるには、さまざまなジャンルのメディアで、本物のアートに触れ続けることが大事です。静止画だけ、音声だけ、文字だけのように、限られた手段であっても、いくらでも奥深い表現ができるということを忘れてはいけません。それは、日常的に見ているSNSや動画だけからは得られない価値観でしょう。

―なるほど。

酒井先生:実は人間が誕生してから、脳の構造や機能は何も変化していないのです。記憶はコンパクトにした方がたくさん詰め込めるようですが、逆に忘れやすくなったり、混同しやすくなったりします。脳は豊富な体験と紐づけられた記憶を保持しやすいという特性があり、雑多な情報と一緒にして覚えた方がむしろ忘れにくくなるものです。

ですから、テキストの方が情報がコンパクトだから覚えやすいとか、動画の方が情報が多いから忘れやすいというわけではないのです。肝心なのは、その人自身による唯一無二の体験です。

酒井邦嘉先生

―一見ノイズに見えるような情報でも、体験と紐づいている方が記憶として強いんですね。

酒井先生:そういうことです。そうした体験を積み重ねることで、人間はいくらでも賢くなれます。それは知識というより知恵であり、豊富な人生経験によって危険を回避し、より良い可能性が選択できるようになります。

―ビジネスの現場でも、体験に裏付けられた知恵を活かせるかがカギになりそうですね。本日はどうもありがとうございました。

取材・文:しげる アイキャッチ:小峰浩美 図版・編集:黒木貴啓/ノオト 編集:本田・木崎/なるモ編集部

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