「予期せぬ人の動き」分析でイグノーベル賞 歩きスマホはなぜ人の流れを乱すのか?

混雑する駅や、人通りの多い街中を歩いているとき、私たちはお互いぶつからないように自然と相手を避けて歩いています。でも、向こうから歩きスマホの人が来ると、なんだかぶつかりそうでハラハラしますし、実際にぶつかってしまうこともありますよね。

こうした人の流れに着目した研究を主導するのが、京都工芸繊維大学・助教の村上久先生です。

実際に歩行者の集団をすれ違わせる実験を行い、歩行者が互いの動きを「予期」していること、歩きスマホの人がいると集団の動きが乱れることを確かめました。この研究は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」として、2021年にイグ・ノーベル賞(動力学賞)を受賞しています。

歩きスマホの人がいると、その人の周辺だけでなく、なぜ集団の動きにまで影響があるのか? そして、私たちが人混みをスムーズに歩けるのはなぜなのか? 研究から見えてきた「人の流れのふしぎ」について村上先生に聞きました。

村上 久(むらかみ ひさし) 先生

京都工芸繊維大学 情報工学・人間科学系助教。神戸大学大学院博士課程修了後、早稲田大学研究員、神奈川大学特別助教、東京大学先端科学技術研究センター特任助教を経て2021年1月から現職。長岡技術科学大学の西山雄大准教授、東京大学のフェリシャーニ・クラウディオ特任准教授、西成活裕教授との共同研究で2021年9月にイグ・ノーベル賞(動力学賞)を受賞。

村上久先生

歩きスマホの人がいるだけで、集団の動きが鈍くなる?

——改めて、イグ・ノーベル賞を受賞された研究の内容について教えていただけますか?

村上先生:私たちは人混みを歩くとき、自然と他の人とぶつからないように歩いていますよね。都市部の横断歩道では、信号が青に変わると両側から人が一斉に歩き出しますが、お互いスムーズにすれ違って道路を渡ることができます。

このとき、上空から人の流れを見ると、自然といくつかの列ができているんです。でも、特に「列を作ろう!」とも思わないし、誰からも「列を作りましょう!」なんて言われてないですよね。

——そうですね。横断歩道なんて、特になにも考えることなく渡りますし……。

村上先生:この、皆で直接的に意思疎通しなくても、向かいから来る人を避けたりすることで自然に列ができる現象を「レーン形成現象」と呼びます。なぜレーン形成現象ができるのかを考えたときに、今回の研究では「予期」が関係していると仮説を立てました。歩行者がお互いの動きを予期し合っているから、スムーズにすれ違ったり、列を作ったりするのだろう、と

そこで実際に実験を行いました。それぞれ27人からなる2つの集団が、横断歩道のような場ですれ違うシチュエーションを作って、実際に歩いてもらったんです。このとき、予期の仕組みを確かめるために、普通に歩く集団と、あえて「予期ができない人」を3名紛れ込ませた集団を比較したんです。

——予期ができない人……?

村上先生:それが「歩きスマホをしている人」です。

歩きスマホの実験の様子

▲実際の実験の様子。黄色い帽子の集団に歩きスマホをしている人がいる(提供:京都工芸繊維大学)

村上先生:スマホを見ながら歩いている人って、周りの人からすると、次にどちらに向かって歩き出すかわからないので不安になりますよね。実際に先行研究で、「歩きスマホをする人は、周囲に対する注意力が落ちたり、見えている範囲が狭くなったりしている」ことが明らかにされているんです。

そこで「歩行者が、お互いの行動を予期できないようにする」行動として選んだのが「歩きスマホ」でした。よく「なぜ歩きスマホが危険かを調べようとした研究」と思われるんですが、そういうわけではないんですよ。予期をシャットアウトするツールのひとつとして「歩きスマホ」を選んだわけです。

▲京都工芸繊維大学による、村上先生の研究紹介動画。「歩行者集団の実験」の模様は1:00頃から

コンピューターでモデル化が難しい、「予期」の動き

——予期ができない人がいると、歩行者の集団はどうなるのでしょうか?

村上先生:歩きスマホの人がいない集団に比べて、歩きスマホの人がいる集団は、集団全体の歩行速度が低下したことがわかりました。

また、さきほど話したレーン形成現象で列ができるのが遅くなったり乱されたりすることが明らかになりました。つまり、「集団としての自然なまとまり」が乱されていたんです。さらに、歩きスマホの人が他の人にぶつかりそうになるだけでなく、歩きスマホをしていない人同士もぶつかりそうになる場面も見られました。

これは、歩きスマホの人がいない実験では、ほとんど見られない現象でした。歩きスマホの人、つまり「予期ができない人」がいると集団全体に影響がある。裏を返せば、歩行者同士がお互いに予期をすることで、集団全体に秩序がもたらされていることが、この実験でわかりました。

▲受賞時の、村上先生のSNS投稿。イグノーベル賞受賞者に贈られる盾は「エアコンの風で飛ばされそうなほど頼りない」とのこと

——人々が横断歩道ですれ違う間に、そんな複雑なことが起きているんですね……。

村上先生:「歩行者集団の動き」というテーマは、以前から世界中で研究が行われています。例えば90年代には、数理モデルによる解析が行われていました。コンピューター上で、「相手が遠くにいたらなにもしない」「相手と接近しすぎたら離れる」と、人の動きを磁石の反発のような性質としてモデル化したんですね。

このモデルでも場合によってはうまく説明できる結果が得られていたのですが、近年、うまく説明できないところも見えてきました。監視カメラ映像から人の流れを分析すると、人はかなり離れている状態でも相手を避けはじめていたり、近くにいても横並びで同じ方向に歩いていたりすることがわかったんです。

先にお話した「磁石のモデル」では起こり得ないことなのですが……これって、日常生活を振り返ってみれば当たり前のことですよね?

——確かに。身に覚えがある動きばかりです。

村上先生:そうなると、歩行者集団の動きを作っているのは「予期」なのでは? となってくる。でもこの時点では、歩行者が集団としてまとまりをつくることと、未来を予期することが、どう関係してくるのかわかっていませんでした。それを初めて実際に確かめたのが、私たちの実験だった、というわけです。

歩きスマホの人がいると「していない人」同士もぶつかる理由

——村上先生が行った歩行者集団の実験では「歩きスマホをしていない人同士もぶつかりそうになった」という話がありましたよね。本人は周囲の状況が見えているはずなのに、どうしてそんなことが起きたのでしょうか?

村上先生:これは、先のものとは別の実験からその原因がだんだんわかりつつあります。先の実験では集団同士がすれ違いましたが、その後「歩きスマホの人」と「歩きスマホをしていない人」の1対1ですれ違う実験を行ったんです。

すると、歩きスマホをしていない人は、普通に人とすれ違うときに比べて、「歩きスマホの人からより離れて歩こうとする」そして「歩きスマホの人をものすごく注視している」ことがわかりました。どう動くかわからない相手を警戒して、必死に観察して情報を集めようとするわけですね。すると今度は、その「歩きスマホをしていない人」が、周囲にいる他の人の動きを予期できなくなってしまうと考えられます

——つまり、歩きスマホの人に集中してしまうから、周りが見えなくなってしまう……?

村上先生:その通りです。そしてさらに、歩きスマホの人を警戒して歩いている人も、第三者からすれば「動きが予期できない人」になってしまう。これがお互いにより近づかざるを得ない密集した集団になると、「予期ができない人」を見る人が「予期ができない人」になり……と、「予期できない動き」が次々と連鎖していくと考えられます。

歩きスマホが集団を乱すメカニズム

▲歩行者集団内の「予期できない動きをする人」は、歩きスマホをする人(図内の赤い服の人)から青色→黄色の服の人へと連鎖していく

——歩きスマホをする人がいると、集団の全体に影響があるわけですね。そもそも、人間は相手のどこを見て「予期」をするのでしょうか。

村上先生:例えば、プロスポーツ選手は相手の視線から動きを予期すると考えられています。普段の生活においても他の人との「視線」のやりとりはとても重要なのですが、すれ違う歩行者同士でも視線が重要なのか、それとも他のどこを見て予期しているのか、詳しくはまだよくわかっていないんですよ。それを調べようと、人が1対1ですれ違う実験をするなかで、片方の人にミラーサングラスをかけて歩いてもらったんです。

——確かに、それなら視線の動きがまったくわからなくなりますね。結果は……?

村上先生:ミラーサングラスでは、歩き方に影響は出ませんでした。だから予期にも影響がなかったと言えます。となると、体のどこか他の特定の部位を見ているのかという訳でもないようです。全体の動きのパターンみたいなものを見ているのか……。この辺りはまだ今後の課題ですね。

動物もお互いの動きを「予期」しあっているかもしれない?

——イグ・ノーベル賞を受賞された研究の中で、村上先生が特に興味深いと感じるものはなんでしょうか?

村上先生:意外で面白かったのは、歩きスマホの人がいる集団でも、一時的には乱れるものの、最終的にきちんと列ができることでしょうか。歩きスマホの人がいない場合に比べて時間はかかるのですが、レーン形成現象がちゃんと見られるんです。

——そうなんですね! てっきり、列は乱れたままなのかと思っていました。

村上先生:歩きスマホをする人が数人居るだけで、全員が横断歩道を渡れないくらいグチャグチャになってしまう……とは、感覚としても考えにくいじゃないですか。集団を乱す存在が多少あっても、集団はなんとかして全体の形を維持しようとします。こうした、揺らぎを取り込みながらまとまりを持続させる力を、「頑健性(がんけんせい)」と呼びます。

例えば、動物の群れも頑健性を備えているんです。集団で移動はするけども、二度と同じ状態には戻らない。もともと私が人間の集団行動に興味を持ったのも、動物の群れの研究がきっかけなんですよ。

▲村上先生のご専門は、アユやシオマネキといった動物の群れの行動に関するもの。研究のため定期的に沖縄などに行き、カニの群れの観察をされているのだとか

——ということは、動物の群れもお互いを「予期」しあっている……?

村上先生:あり得ると考えています。例えば、私たちの予期を考慮した数理モデルだと、ある種の動物の動きがうまく説明できる、というのが既にわかっているんですね。ですから、動物たちも互いを認識し、予期しあっている可能性は十分にあると思います。

——歩行者集団の研究は、将来的にどのような分野に応用できると考えられるでしょうか。

村上先生:そもそも歩行者の流れを研究する分野は、混雑を回避したり、人流を改善したりといった、工学的な観点から出発しています。「予期」のメカニズムを数理モデルに反映して、より実態に近いものに近づけることができたら、建造物を建てる前にコンピューター上で人の流れを検証したり、災害時の人の動きを予測したりすることが、より高い精度で可能になると思います。

また、当初の数理モデルでは集団のなかの1人1人が独立して歩いている状況を想定していましたが、実際は歩行者すべてが1人で歩いているわけではないですよね。2人組や3人組で歩いていることもありますし、荷物を持っている人もいれば、高齢者や車椅子の方もいます。国ごとに特徴も違うでしょう。

——国によって歩く速さにも違いがあると聞いたことがあります。せっかちな人が多いお国柄だと、ぶつかりやすさも違うでしょうし……。

村上先生:そうですね。歩き方の特徴が変われば、人の流れの特徴も変わります。こうした流れの特徴を細かく見ていくような研究も進んでいますね。こうした研究の成果を人々の暮らしにフィードバックすることが、歩行者の流れの研究における究極の目標になると思っています。

——今後の研究の発展を楽しみにしています。本日はありがとうございました!

取材・文:井上マサキ イラスト・アイキャッチ:かざまりさ 編集:本田・木崎/なるモ編集部、伊藤 駿/ノオト

タグ